危機的日常

ゼタが家にいるようになって気付いたことがある。
1つめ。最近預かっている子供は、朝が早い。
ニワトリと同時起床くらいだ。
ゼタが起きてダイニングに来るときにはすでに、身なりを整えてぼんやりと座っている。
それでいつの間にかゼタ家の朝食は早朝6時となってしまった。
2つめ。食が、少し細い。朝は人並みにとるが、昼、夜とだんだん量が少なくなっていく。
残しもしないし好き嫌いはないようだが、食事の後半になると箸が遅くなってくる。
3つめ。お茶好き。
最近こそゼタのほうが早く起きるが、以前は彼が起きてくるころには、子供はお茶を入れて一息ついていた。
湯気の立つそれをテーブルの上に置いてじっと見つめているものだから不思議に思って聞いてみれば「猫舌」とのこと。
ならぬるいお茶を入れればいいのに、と言ったゼタに子供は至極真面目な顔で「お茶は熱さが命です」と言い切った。
そんな子供は、玉露などの低温で入れるお茶より、ほうじ茶などの熱湯でだすお茶が好きらしい。
そして、当たり前だが子供の入れるお茶は全体的に、渋い。
今日も今日とて、熱いお茶を目の前に子供はぼんやりと座っている。
何もせず退屈ではないのか、と思ったがそうでもないらしい。
最近仕事をひかえているゼタは子供と一緒に店のカウンターに座って新聞を読んでいた。
ときおり、店先に顔を出す客に子供は律儀に対応している。見ていると、どうも初対面ではないらしい客がほとんどだ。
いつの間に、と最近まで店を空けていたゼタは驚いた。
そういえば、客が少し増えた気がする。
今までは、店を開けているといってもカウンターには誰もいなかったため、あまり客らしい客はなかったというのに。
客というよりはどうも子供をかわいがりに来ているお年寄りや女性達を見て、ゼタは溜息をついた。
ふと、カウンターに戻ってきた子供の首に、見慣れない青があることに気付く。
「尚樹…そのマフラーどうした?」
「リタさんが編んでくれました」
リタ、というのは3間先の気難しいばあさん…だったとゼタは記憶している。
思わずその青いマフラーを凝視してしまった。
気難しいばあさんでも、子供には弱いのか? 
ゼタはすぐにその考えを打ち消した。そういえば彼女は子供にも容赦のないばあさんだった、と。
「お前、妙な知り合いがいるな…」
そうですか? と首をかしげる子供は、今の季節には少し薄着だ。
だからマフラーをもらったのだろう。
先月の出来事を思い出し、ゼタはあの鈍痛を錯覚した。
このまま放っておくとキケンだ、と彼の本能が告げている。ゼタはその本能に忠実に立ち上がった。
「尚樹、出かけるぞ。準備をしなさい」


子供をつれて適当な、しかし少し高めの店に入る。
子供の服なんて分からないゼタは、はなから店員にまかせる気だ。
ゼタと子供が店内に入ると、若い女性の店員が何かお探しでしょうか、と声をかけてきた。
「これに適当な服を見繕ってやってくれないか」
尚樹の背中を軽く押して店員の方に押し出す。女性は営業スマイルでかしこまりました、と返した。
初めに、その店員は白いゆったりしたセーターと、七部丈のズボンを持ってきた。
それを着て更衣室から出てきた子供に、不覚にもちょっとときめいた51歳。もちろんポーカーフェイス。
「似合うな」
「あの…ゼタさん、こんなに高いものを買ってもらうのは…」
「気にするな。金には困ってない」
困惑顔の子供に気付きつつも他にも何着か用意してくれ、と女性店員に告げる。
そうこうしているうちに、いつの間にか女性店員が寄ってたかって子供に服を合わせていた。
「あらダメよ、少し大きめのにしなくちゃ」
「細いからぴったりしたのも良いんじゃない?」
「ズボンはやっぱりハーフか七部じゃない? 足が見えたほうがいいわよ」
「上着はやっぱりフードにファー付よね」
「足細いー」
などなど。なにやらにぎわっている。子供は特に嫌な顔もせずされるがままだ。
なぜ少し大きめじゃなきゃいけないのか、ゼタには分からなかった。が、実物をみて不覚にも理解してしまった。
「………ブーツはないか? すこし緩めの…履きやすい」
その言葉、待ってましたとばかりに店員がいそいそとブーツを持ってくる。
七部のズボンにはブーツの方が似合うんじゃないかと思ってのことだったが、どうやら店員の方もそう思っていたようだ。
「ロング? ショート?」
「ロングがいいんじゃない?」
「ショートならカントリーブーツとかかわいいと思うわ」
「ウェスタンのほうが良くない?」
「色は何がいいかしら。汚れるけど白がかわいいと思わない?」
賑やかな店員達を眺めながら、さすがにセンスがいいな、とゼタは感心した。
店員達が選ぶものはどれもよく子供に似合う。いつもは服を選ぶなどわずらわしいと思っていたが、めずらしく楽しいと思ってしまった。
ブーツはどうやらウェスタンになったようで、白、茶、灰と三色並べてああでもないこうでもないと言い合っている。
「白じゃない?」
「ブラウンもオーソドックスでいいと思うけど…」
「グレーのがちょっとむらがあっていい感じじゃない?」
「ちょっとかっこいい感じよね」
「白はかわいいけど…」
こうしたら白じゃないほうかいいと思わない? 
と店員の1人が子供の黒い髪によく映える白い耳あてをつけた。
「やばい鼻血でそう」
「やっぱり耳あてはふわふわのが一番よね~」
「グッジョブ!」
「オプションで手袋もつけちゃえー」
「ボンボンがついてるのがいいわよ。ミトンっぽいやつ」
彼女達が世間一般でいうところの腐女子だとはもちろんゼタの知るところではない。
「グレーでいいんじゃない?」
「そうね。白は捨てがたいけど」
「決まりね」
どうやら意見が一致したらしい。耳あてはまだ時期的にはやい気もするが、どうせすぐに必要になるだろう、と言い訳をしてゼタは口を開いた。
「その耳あてと手袋も入れといてくれ」
「ありがとうございます」
ついでに今着ているもの以外は送ってくれ、とカードを差し出す。
「ゼタさん…こんなに買ってもらわなくても…悪いです」
「…子供は遠慮しなくていい」
その言葉にわずかに子供がなんとも言えない顔をしたが、すぐに無表情に戻って「ありがとうございます」と頭を下げた。


数日後、花屋を訪れたゼタの幼馴染は実に満足そうな笑みを浮かべていた。…何か含みのある笑顔だったが。


幼馴染の攻撃に恐れをなす店長。もうしばらく続きます。