逃げられない逃げない逃がさない
カウンターの上にあるテレビを見ながら、尚樹は売り物にする小さな花束をくるくると作っていった。
時計の針は午後3時。1日の中でもっともまったりする時間だ。
そろそろかとテレビのチャンネルをまわした。
カウンターの上に散らばっているリボンやラッピングペーパーを片付けて花束を店頭に並べにいく。
文字通りぶつかりそうなほどばったりと店先で顔を合わせた男に、尚樹は首を傾げた。
「今日は、お揃いで店長に用事ですか?」
「それもある」
「尚樹に会いに来たんだよ」
「……シャルさん!」
ばふ、と腰に抱きついた尚樹をシャルナークも軽く抱き返してその頭を2、3度撫でた。
その様子をじっと見下ろしてクロロは小さくつぶやく。
「俺には無いのか」
「無いです」
すぱっと言い切った尚樹にクロロが密かにショックをうけていることは、もちろん周知の事実だ。
ずうずうしくも幻影旅団団長に花束を並べさせて、尚樹はお茶の準備をしにカウンターに引っ込んだ。
できればクロロにはそのまま店先に立って客寄せをして欲しいくらいだ。
仕事を終えて店内に入って来たクロロは、いつも通りの定位置に腰を下ろした。
いつも通り、と言うほど通っているわけではないが、以前はなかったカウンター前の丸イスは確かにクロロのためのものだ。
高いところのものをとるために尚樹がちょくちょく踏み台にしているなんてことはもちろんない。
「イスが無いのでシャルさんはカウンターの中にどうぞ」
「お邪魔しまーす」
お菓子は何にしようかと棚を眺める。棚の上にあるクッキー缶が一番美味しいのだが、ゾルディック産なのでもちろん毒入りだ。
クロロ一人ならともかく、今日はシャルナークもいるので尚樹はそれを眺めるだけで我慢した。
今朝保護者が作っていってくれた蒸しパンを取り出してカウンターに置いた。
どうも最近ゴトーさんに対抗しているらしい。
年々、保護者の料理のレパートリーが増えている気がしてならない。
テレビに視線をやると、最近名前を覚えた有名人らしい人が長々と何かをしゃべっている。えらい人らしい、と言うことしか尚樹の知識は無い。
「あ、シャルさん、パソコンありがとうございました。おかげさまでネットショップの方もぼちぼち注文が来てますよ」
「いいえ。大したことは教えてないよ」
蒸しパンを頬張りながら伝票を整理しつつ、尚樹は軽くメールをチェックした。注文がいくつか入っている。
配達日を確認して、カレンダーに書き込んだ。
「配達ってもしかして店長が行くの?」
「仕事のついでで頼む時もありますけど、基本は俺が行きますよ」
「どこでも?」
「どこでもですよ?」
「もしかして、そういう念能力?」
「はい」
前回見た時と違うな、と思いつつシャルナークはふーん、と相づちを打っておいた。こうも素直に答えられると逆に聞きづらいと言うものだ。
シャルナークも尚樹に習って蒸しパンをひとつ手にとった。程よい甘さが口に広がる。
クロロとしゃべりながらも尚樹がちゃくちゃくと仕事を片付けていく様を眺めた。
「クロロさん、今日は結局何の用だったんですか?」
「ああ、店長にちょっと仕事の依頼をな」
「へえ」
尚樹はもう一度テレビに眼をやってノートを広げた。ペン立てから一番インクの少ないペンを探す。どれも中途半端にインクが残っていて捨てきれず、そろそろぎゅうぎゅうだ。
「クロロさん、出来るだけ外のほうに顔向けてて下さいね」
「……なんでだ?」
「外からお客さんに見えるように。たまにはその顔役に立てて下さい」
ぶっと隣でシャルナークが吹き出す。ふてくされて顔を背けたクロロを視界の隅に入れて尚樹はノートにペン先をつけた。テレビに映っている有名人の名前を書いて、壁にかかっている時計の秒針の位置を記憶する。
自然な動作でそれを閉じて、パソコンの画面にメールのひな形を呼び出す。
何か面白い番組は無いかとチャンネルをまわして、結局もとの番組に戻って来た。
どうもこの時間はあまり面白い番組が無い。
メールの送信ボタンを押して、まだ熱いお茶を冷ましながら一口含んだ。
「依頼って何ですか?」
「そりゃあ、運び屋の仕事と言えば運搬だろう」
「9月のヨークシンならお断りですからね?」
尚樹の言葉にクロロが振り返り、シャルナークがテレビから眼を離した。
ちょうどテレビの中の人物が苦しげに胸を押さえて倒れるのを確認して、尚樹はテレビの電源を落とした。
お茶をまた一口すする。
「9月はお仕事のついでに、ヨークシンに店長と一緒に旅行に行くんです」
念願のスイートルームに泊まるんですよ、とわずかに口角をあげた尚樹の顔を見て、クロロとシャルナークは顔を見合わせた。
シャルナークはいつも通り手を伸ばしてその頭をなで、クロロは頬をつまんで引っ張った。
驚かせてくれたお返しというやつだ。
そういうことをするから、冷たくあしらわれるのに、とシャルナークはひっそり苦笑を浮かべた。
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「暴力じゃない」
「じゃあ性的嫌がらせ反対」
「セクハラと言え! しかもどの辺が性的だ」
「ショタコンが子供のほっぺをつまむのはセクハラですよねー?」
「ねー」
「シャル!」