勝率100%の賭け

「尚樹ちゃん、一つ星ハンターにならんかの?」
にこにこと笑ってそう言ったネテロに、尚樹は無表情のままで返事をした。
「遠慮しておきます」


なんでじゃー、と尚樹のつれない返事に、ネテロが目尻を下げた。
それもそうだろう。本来、一つ星ハンターや、二つ星ハンターの認定を受けることはハンター達にとって名誉なことだ。
そのチャンスを、会長であるネテロみずからが与えたというのに、こうもあっさり断られるとは思わない。
両手に花を抱えて今日もせっせと働く尚樹は、言葉通りそんなことには興味がなさそうだ。
梅雨が終わり、夏が近づいて店の花も鮮やかさが増す。
その鮮やかさにつられて、ネテロは花束を一つ頼んだ。
カウンターに座っていた店長が面倒そうに腰を上げて、ネテロの希望も聞かずに花をとっていく。
おぬしに頼んだんじゃない、と心の中で激しく抗議したが、もちろん通じるはずも無かった。
いや、もしかしたら分かっていてわざとやっているのかもしれない。
付き合いが長い故に、ネテロは少し疑心暗鬼になっていた。
「……少しは儂の意見も聞いてくれんかのう」
「まかせろ」
きっと、こういうのを会話のキャッチボールが成り立っていないというのだろう。
器用に店長が手の中で花束を作っていくのを尚樹が猫のようにじっと見つめる。
こうして見ていると年相応だと、ネテロはその光景を微笑ましく見守った。
花束を作っているのが、強面の男だということはこの際除外する。
出来上がった花束を、尚樹が両手に抱えてネテロに差し出す。
鮮やかな花束を受け取って、ネテロはその小さな頭を撫でた。
「似合わん光景だな」
「おぬしには言われたくないわい」
店主が後ろから尚樹を抱き上げる。どうも、さわるな、ということらしい。
見るたびに過保護になっている気がする。
というか、尚樹ももう16なのだから、少しくらい抵抗してはどうか。
「ネテロさん、一つ星ハンターがどうかしたんですか? たしか、申請制でしたよね」
「尚樹、やめておきなさい。どうせ、面倒な仕事を押し付けようという魂胆だろう」
「ほっほ、人聞きが悪いのう。尚樹ちゃん、ゼタも一つ星ハンターじゃよ」
「あれ、そうなんですか?」
まあ一応、とあまり興味なさそうに言った保護者に、尚樹は首を傾げた。
一つ星ハンターの称号はたしか、申請しなければ貰えなかったはず。
とてもゼタがそういうことをするタイプには見えなかった。
「いらんと言ったんだがな」
「儂は、多くの功績や貢献を残したものには積極的に称号を与えるべきじゃと考えておるんだよ」
つまり、ノーベル賞みたいなものか。
自分には、一生縁がないな、と尚樹はすぐに興味を失った。
ネテロの湯のみにお茶を注ぎ足す。
「そういえば尚樹ちゃん、来年もハンター試験の試験官をやってみらんかの?」
「来年、ですか?」
ネテロの言葉に、ちょっと気が速すぎるのでは、と尚樹は首を傾げた。何せ、まだ7月の半ばだ。
それに、来年の試験は確かキルアの一人勝ちで試験とはいえない内容で終わるはずなのだ。
なので単純に考えて尚樹は必要ない。
「別に、やっても良いですけど出番は無いと思いますよ」
「なんでじゃ?」
「1次試験の試験官はもう決まっているんでしょう?」
尚樹の記憶ではたしかけっこう適当な感じの男の人だった。
「……まだその情報はどこにも漏らしていないはずなんじゃがのう」
「俺にまでお誘いをかけるってことは、もう他の試験官は決まってるのかと思って」
ネテロの言葉に肩をすくめて、別に知っていたわけではないと尚樹が否定した。
ネテロは少し疑わしげに尚樹を見て、まあいいか、とその真偽は保留にした。
それよりももっと気になる言葉があったためだ。
「どうして出番は無いと思うんじゃ?」
「来年の試験は1次試験だけで十分だからですよ」
お茶請けにとせんべいをカウンターの上に置いて、さらに棚の上のクッキー缶を下ろそうと尚樹が近くにあったイスを踏み台に背を伸ばす。
残念ながらあと1センチほど背が足りない。
ぐらぐらと不安定な体勢をとる尚樹をゼタがイスの上から下ろして、クッキー缶の中から1枚だけチョコレート色のクッキーを取り出して尚樹に渡した。
じっと無言で尚樹がゼタを見上げる。
わずかな沈黙のあとに、ゼタがもう一枚を尚樹の手に渡した。
このわずかなやり取りで勝敗が決したらしい。
「なぜ1次試験だけで十分と?」
「そのへんの人間が多少修行したからといって、キルアにかなうとは思えませんから」
来年の合格者はキルアだけです、と言い切った尚樹に、ネテロは少し考えるふりをした。
たしかに、尚樹のいう通りキルアが来年合格する確率は極めて高い。参加すればだが。
しかしそれは試験内容にもよるし、なによりキルア以外の合格者が出ないとは言い切れない。
「じゃあ、尚樹ちゃんには2次試験の試験官をやってもらおうかのう」
「それはまぁ、別に構いませんけど」
「もし尚樹ちゃんのいう通り合格者はキルア一人で1次試験で終了になったら、ご飯でも連れて行ってあげよう」
「わーい」
ずいぶん安い賭けだな、とゼタは半眼でネテロをにらみ、尚樹は何をおごってもらおうかなぁと一人呑気にクッキーに歯を立てたのだった。