本音と建前

尚樹は参加しないの、というゴンの問いにもう参加したんだけどと突っ込みを入れつつも、尚樹は首を縦に振った。
うっかりヒソカと試合なんてことになったら眼も当てられないし、今のところお金にも困っていない。
「あれ、でも尚樹君は今70階にいなかったっけ」
ウィングの問いに、子供達がそろって首を傾げた。そこに尚樹も含まれるところがどうにも納得いかないウィングだ。
ちらっとしか試合は目にしていないが、とても安定していたように思う。
これで念能力も使えるのだから、200階以下なら普通に行けるだろう。
「ああ、もしかしたらそのくらいだったかもしれません」
「なんでそんなに曖昧なんだよ」
ジト眼でにらむキルアに、興味が無かったから、と尚樹があっさり答えた。
「だいたい、自分でエントリーしたわけじゃないし」
知り合いが勝手に申し込んでたんですよ、とため息をついた尚樹に、ウィングは少し同情した。
かつて自分も、師と仰ぐ人に似たようなことをされた覚えがある。
そもそも弟子と言うものに拒否権など存在しないのだ。一人ずれていく思考に、ウィングは思わず尚樹の頭に手を伸ばした。
ズシとは違う、柔らかな髪の感触が新鮮だった。
突然のことに首を傾げつつも、尚樹の表情は変わらない。年のわりによく訓練されていると、キルアの影が重なった。
壁にかかった時計を見上げた尚樹が、よっこらしょ、と実にジジくさい声を上げて立ち上がる。
「そろそろ帰ります。夕食の時間なので」
「帰るって、どこに帰るんだよ」
「家だよ?」
当然と言うように尚樹がキルアに返す。
それにキルアは正気かと疑問の声を上げた。当然だ。そんなにすぐ行って帰れる距離ではない。
「パドキアまで? 今から?」
「そうだよ?」
戸惑うキルアをそのままに、尚樹はウィング達に挨拶をして本当に帰っていってしまった。


「ヨークシンですか?」
背後からかけられた声に顔だけで振り返りながら、尚樹はゼタの言葉を反芻した。
花束に使うリボンをあらかじめ作っておくと言う地味な作業をしながら、シルバにもらったクッキーをかじった。
やはりあいかわらずゴトー作らしい。とても美味だ。
「ああ、9月にな。1週間くらいなんだが一緒に来るか?」
「その仕事ってまさかオークションがらみだったりします?」
今まさにテレビでその話題をやっているところだ。何でも世界最大規模らしい。
尚樹の記憶では、たしかこのオークションで幻影旅団とクラピカのあれやこれがあるはずだ。
細かい流れはもうさすがに覚えていない。
「ああ、そうだが」
オークションでは、人も動くが物も動く。運び屋である保護者に仕事の依頼が来るのはごく自然の流れだといえた。
そういえば、ゾルディックも動くんだっけ、とクッキーをもう1枚手に取る。
ヨークシンへ行くことの危険性を静かに検討した。できれば、かかわり合いにならないのが1番だが。
「……それって、断ること出来ないんですか?」
「尚樹?」
「オークションには幻影旅団が来るので、出来ればあまり関わりたくないんですが……」
「尚樹、その情報確かなのか」
「全員参加するはずなので、かなりの死者が出るかと……」
オークション自体に参加することはかなりの命取りだ。巻き添えは遠慮したい。
「……誰に聞いた」
「テレビで」
オークションについての特集を指差しながら、尚樹は当然のように答えた。
完全に嘘と言うわけではない。これを見ていろいろと思い出していたところだ。
しかしゼタからすれば、見え見えの嘘だ。そんなことをニュースで流していたら知らないはずが無いし、オークション自体が中止になる可能性もある。
もしかしたら十老頭の面子にかけて開催するかもしれないが。
「嘘つきなさい」
「……ヒソカに聞きました」
「信用出来るんだろうな?」
「はい、それは大丈夫です」
「実際に仕事をするのはオークションの前と後だ。極力外に出ないようにするし大丈夫だ」
「おそらく、オークション後の仕事はなくなると思います」
なぜなら参加者は結構な人数殺されるはずだし、オークションにかけられた商品は根こそぎ旅団に持っていかれるからだ……尚樹の記憶に間違いが無ければ。
運ぶ物が無ければゼタの仕事は無い。
妙に確信のこもった言い方にゼタはため息をついた。尚樹がこういう言い方をする時は大抵当たる。
一体どこから情報を仕入れてくるのか、本当に疑問だ。
「そうか」
「それはともかく、ヨークシンは行ったこと無いので俺も一緒に行って良いですか」
「ああ」
ホテル俺が予約しても良いですか、とちょっとそわそわしながら言った尚樹に微笑ましい気持ちになりながらゼタは頷いた。
普通に見れば、旅行に行くのを楽しみにしている子供のように見えるが、おそらく自分の身を案じてくれているのだろう。
幻影旅団に力で劣るとは思わないが、多勢に無勢で関わってしまえばいくらゼタでも無傷ではいられないだろう。
パソコンに向かってさっそくホテルを探し始めた尚樹の頭を軽く撫でた。