本音と建前

ズシ、新しいお友達が出来たんですか、と微笑んだウィングに、ズシ本人は首を傾げた。
今の言い方からして新しいお友達とはゴンやキルアのことではないだろう。新しくできた友人であることに代わりないが、既に修行をともにした仲だ。昨日今日出来た友人ではない。
「……何のことですか?」
「君の後ろにたってるその子、お友達じゃないのかい?」
その言葉に背筋が寒くなった。後ろに? 誰がいるというのだろう。
ウィングの言葉に怖くなりつつ後ろをこわごわと振り返った。しかしたっていたのはズシの想像に反して、透けてもなければ足もある、自分と同じくらいの子供だった。両手で抱えた猫がかわいらしい。
「あの、どちらさまですか……?」
自分の後ろにたっていたのが怖いものでなかったことに安堵しつつもその顔には見覚えがない。
ズシの反応にウィングも首を傾げた。てっきりズシの知り合いだと思ったからだ。しかしズシとは違い、ウィングにはその顔にわずかに見覚えがあった。
いったいどこで見たのか……。
「あー、えと、実はゴン達の知り合いなんですけど、二人がどこにいるか分からなくて」
ついていけば、会えるかなと思って、と無表情のままに言葉をつないだ子供に、ゴン達の知り合いか、とズシは安堵の笑みを浮かべた。
なんでズシについてくればゴンやキルアに会えると思ったのだろう、とウィングは不思議に思ったが、いつも通り笑みを浮かべたままそのことには触れなかった。
彼がゴン達の知り合いかどうかもまだ分からないし、何より「知り合い」という言い方が引っかかる。敵でも仲間でも知り合いは知り合いだ。
ただ、見た感じ念が使えるわけではないようだし、考え過ぎの可能性もあるが。
「ゴン君達なら、もう来てますよ」
「えっ、もう来てるんすか」
「ええ、ついさっき」
急いで中に入っていくズシを静かに見送った少年が、あらためてウィングに顔を向ける。やっぱり見覚えのある顔だと思った。
「入っても?」
「ええ、どうぞ」


突然現れた尚樹の顔を見てゴンとキルアは一瞬言葉を失った。そんな二人に尚樹が小さく手を振る。
そこでようやくゴンが笑みを浮かべて声をあげた。
「尚樹! どうしたのこんなとこで」
「ゴン達に会いに来たんだよ。天空闘技場行くって言ってたから」
「よくこんなとこまで一人で来れたなー」
「ん? キルア、今のは褒められてるの?」
「いや、店番いいのかと思って」
あんま遠出するタイプには見えなかったからさ、というキルアに尚樹自身納得して頷いた。
正直、どこでもドアがなかったらここまで来なかっただろう。
「ゴン達は、修行中?」
「うん、そうだよ……あ!」
突然声を上げたゴンに、尚樹とキルアはそろって首を傾げた。そういば尚樹ってハンターなんだよね、とゴンが指を指す。
その指先を見ながらそう言えばなんで人を指差しちゃいけないんだろう、と見当違いなことを考えた。
とりあえず、ゴンの言葉に頷いておく。今まで使う機会など皆無だったがハンター証は確かに持っている。
ゴンの言葉にキルアも何かを思いついたようで、二人で何かを納得したように顔を見合わせた。
状況が飲み込めない他3名は疑問符を浮かべるばかりだ。
「ゴン?」
「尚樹って、やっぱり念が使えるの?」
「それはまあ……」
「え、使えるのかい!?」
普通の人間同様オーラをとどめていないその姿を見ながら、思わずウィングは驚きの声を上げた。
最初から使えないと思っていたし、今でも使えるとは思えない。というかそもそも、ハンターになれるようには見えない。どこにでもいる普通の子供だ。
「一応……一通りは」
「尚樹は系統なんなの?」
「具現化系……ああ、そう考えると4人とも違うね」
ここまでバラバラもめずらしい。確か、記憶が正しければゴンが強化系、キルアが変化系、ズシが操作系だったはず。
そう考えると、クラピカと一緒の系統なのか。全然似てないような気がするけど、実は根本的なところで性格が一緒だったりするんだろうか。
いや、ないな、とすぐにその考えを否定した。
だって、自分はあんなに熱くなれない。
「えー、じゃあ、水見式やってみようよ!」
尚樹のはどんな風になるのか見てみたい、というゴンに尚樹は軽く応じた。水見式なんてずいぶん久しぶりだ。
無邪気に準備を進めるゴンを尻目に、キルアは尚樹の言葉を考えていた。4人とも違う、というのはおかしな言葉だ。
おそらくウィングを除く4人のことだろうが、尚樹に念のことを話したのは今日が初めて。
どうも、怪しいんだよな、と自分の兄によく似た無表情をひっそりと観察した。
「これって全員一緒に水見式やったらどうなるんだろうね」
コップに注がれた水を眺めながら、尚樹がぽつりとつぶやいた。その言葉に思わず光景を想像する。
「……全部の反応がいっきに現れるだけじゃねーの?」
「や、こう化学反応的に全然違うのが出るのを期待してるんだけど」
「おもしろそうだね」
面白くない面白くない、と素直に賛同するゴンにキルアは首をふった。いったいどういう思考回路してるんだ。
すっと差し出された両手がコップの両脇にかざされる。音もなくコップのなかに細かな砂が降り積もり、少しだけ水があふれた。
「へー、具現化系ってこうなるんだ。なんで水があふれるの?」
「砂の分じゃない?」
表情一つかえずにやってのけた尚樹に、初心者ではないな、とウィングは判断した。かなり手慣れている。
念を覚えたばかりなら、ゴンやキルアのように練の前に集中する時間を必要とする。それは表情や、一瞬のタイムラグから読み取れる。
尚樹にはそれがなかった。実に自然に手をかざす動作の延長線上でそれをやってのけた。
「えーと、尚樹君って言ったっけ? 君もハンターなんだよね」
「一応……免許は持ってますよ」
「俺たちがハンター試験受けた時の試験官だったんだよ!」
ゴンの言葉にめまいがしそうだった。ハンター試験の試験官を勤めるくらいなのに、一応はないだろう。さらに話を聞けば、最終試験の試験官だという。
ちょっとまて、いったいこの子いくつだ、とズシ達と同年代に見える子供を見下ろした。
「尚樹君は、いくつなの?」
「だいたい16くらいです」
だいたい、というのはちょっと脇に置いておくとして、16。いや、もちろんハンターとしてはかなり若いが、この見た目ならせいぜい12くらいだろう。
「あ、今ウィングさんが考えてることだいたい分かりますよ」
残念ながら、ゴン達の年齢の時もこのくらいの身長でした、とわざわざ自己申告してくれちゃった尚樹に、ウィングは困ったように笑みを浮かべた。
おそらく、この反応に慣れているのだろう。悪いことをしたかもしれない。
「ねえねえ尚樹、何か具現化してみてよ」
まだ、自分の能力を他人に知られるのが危険なことだと気づいていないのだろう。無邪気にねだるゴンに、ウィングは苦笑を浮かべた。
系統を知られることすら時には命取りだ。だから、尚樹があっさりと自分の系統を教えた時には少しびっくりした。ゴン達と親しいというのももちろんあるだろうが、それくらいなら知られても平気だという自信があるのかもしれない。
「うーん、何かって言われても……」
困っているのか困っていないのか、相変わらずの無表情で考え込んでいるらしい尚樹の出方をうかがう。いったいどうするのか少し興味があった。
「あ、そうだな……じゃあ」
すっと手を動かすその先を見つめる。すでにオーラはゆらゆらと体にとどまり、緩やかに循環していた。
するりと指先に集まるオーラがよどみなく形を作っていく。
流が得意そうだなあ、とウィングは一人凝をしてそれを眺めた。
「空を自由に飛びたいなー」
はい、タケコプター、と妙なリズムで歌って具現化したそれをゴンの上にぽん、と置いた尚樹に、ウィングは眉間を押さえた。
先ほどまでの空気がきれいに吹き飛んだ、ような気がする。
ゆっくりと足が地面から離れたゴンはひどくはしゃいでいる。どうも、空を飛ぶための道具のようだが。
俺にも! とねだるキルアの頭にもポンとそれを置き、一人うらやましそうにそれを眺めていたズシの頭にも同じようにのっける。
ウィングさんも使いますか? ととても空を飛べるようには見えない竹とんぼもどきを差し出してきた尚樹に、ウィングはさすがに首を横に振ったのだった。


「ああ、そういえば……」
どこかで見た顔だと思ったら、参加者のなかの一人だ。ズシと同じくらいの子供だから記憶の隅に残っていたのだろう。
ゴンやキルアとは違うタイプに見えた。戦闘にはあまり向かないタイプなのだろう。
「師範代?」
「ん? ああ、なんでもないよ」
いずれにしても、あまり信用ならない人間だ。