危険中毒バトルマニア

先日、ヒソカのせいでゴンたちに会いそびれた尚樹は、あらためて天空闘技場を訪れていた。ヒソカの話では、ゴンたちはもう200階まで行ってしまったらしく、ゴンに至ってはすでに一度試合をして念で負傷済み、とのことだ。
ついでに、今日はヒソカの試合があるということで頼んでも居ないのにチケットをくれた。確か、記憶では結構高かったように思う。
会場に入るともうほとんどの席は埋まっていた。歓声が空間を埋める。キルアを探そうとして、そのあまりの人の多さに尚樹はすぐあきらめて空いている席を探すことにした。
なんとなく、今回も二人には会えなそうだなあと思った。


向かい側から歩いてくる少女の顔を知っていた。彼女の歩いてきた方にはヒソカの部屋。どうやら、もう腕の治療は終わったようだ。
ヒソカの試合が終わってまだあまり時間がたっていないというのに、はやいことだ。でも、ヒソカのグロい姿を間近で見なくてすむかと思うとありがたい。

すっと、視線が絡むこともなくすれ違う。

そういえば、原作の女の子キャラと会うのは結構貴重だったかもしれない。いくら可愛くても危険人物に分類される人間とは極力絡みたくないことに変わりはないが、最近、ヒソカやクロロと知り合いである以上、無駄なあがきかも知れないとは思っている。
べつに気配を隠していたわけでもないので、ヒソカはとっくに自分の存在に気づいているだろうと、尚樹はノックもせずにドアノブに手をかけた。
何気なく視線をマチの方へ向けると、ちょうど振り返った彼女と目が合う。大きく吊り上がった目が夜一のそれによく似ていた。
小さく微笑むだけで視線を返した尚樹は、そのままヒソカの部屋へと足を踏み入れる。
「やあ」
くると思ってたよ、と目を細めて笑ったヒソカに、尚樹は何とも嫌な顔をした。それにヒソカは面白そうに笑い声を上げる。
「ヒソカさぁ……腕とれて痛くないもんなの?」
正直今までのそう長くもない人生で、腕がとれたことのない尚樹にはその痛みは想像もつかない。しかも最近では念を使えるようになったため多少のことでは痛みを感じなくなってしまった。
それでもさすがに腕がとれたら痛いと思うのだが、そこは何というか、やはり念があればそんなに痛くないのだろうか? とちょっとした好奇心が顔をのぞかせる。
いつもどおり顔は無表情だが、珍しく興味を持ったらしい尚樹にヒソカは痛くないよ、と答えた。
「……本当に?」
「本当に」
なんなら試してみるかい、と笑ったヒソカに、頭を横に振った。
「嫌。マチいないし、とれたら困る」
困るのはそこなのか、と思いつつ、いつも通り「残念」と言葉だけ返してヒソカは笑った。
「そういえば、マチとは知り合いなのかい?」
「いや、今すれ違っただけ」
すでにつながっている腕が気になるのか、切断されたあたりを尚樹が興味深そうに見つめている。ちょうどハンカチと腕の境界線を指先でなぞりながら、どこからはがそうかと思案しているようだった。
そちらに夢中になっていて上の空で返事をした尚樹に、ヒソカは少し思考を巡らせる。
すれ違っただけ、というわりにはマチの名前を知っている、そしてマチがいないから腕がとれたら困るという言葉。
間違いなく尚樹はマチのことを知っている。しかも顔だけでなく念能力まで。どの程度まで知っているかはわからないが、旅団の情報はもともとそう多くない。少なくとも情報屋でもない限り名前はおろか、顔さえ知ることは出来ないだろう。
無意識に口の端が上がった。
そんなヒソカの様子には気づかず、尚樹はハンカチを少しはがして傷口を確かめた後、また元通りに戻していた。
「気になるかい?」
「うーん、でもほとんど元通りで見てもあんまり分からなかった」
「そうかい。マチは腕がいいからね」
それより夕飯でも一緒にどうだい? と先ほどマチに聞いてすらもらえなかった言葉を口にする。しかしすぐに尚樹にも誘いを断られてしまった。
いわく、夕飯はゼタさんが用意してるから、とのこと。
ヒソカは花屋の店主の顔を思い浮かべて、以前から思っていたが彼がマメに料理をする姿は恐ろしく似合わないな、と思った。
「そういえば、ゴンたちには会えたのかい?」
「んー、無理だった。でも今日は別に二人に会いに来たわけじゃないからいいよ」
「あれ? そうなのかい」
じゃあいったい今日は何をしに来たのかと問うたヒソカに、尚樹は当然のようにヒソカの腕を見に、と返した。
「君、前々から思ってたけど予知能力でも持ってるの?」
「いきなり何? そんなん持ってるわけないじゃん」
だいたい俺、占いは信じないたちだよ、と言い切った尚樹に、ヒソカは「……そう」とだけ返したのだった。