危険中毒バトルマニア

うっかり1日で70階まで上ってしまった尚樹は、いったい何しにここに来たんだっけ? と当初の目的を振り返った。
どうも、突っ込み役である夜一を連れてこなかったのがいけなかったらしい。
とりあえず、この現状の犯人に電話をかける。
3コールしないうちに相手が電話をとった。


200階のフロアは他のフロアと違いシンとしていた。
しかし人気がないということはなく、姿が見えないだけでどこそこに人の気配を感じる。
ここより上は、実質念能力者しかいない。
だからかもしれない。肌にぴりぴりとしたものを感じるようだった。
「……やな感じ」
「クク……お気に召さなかったかい?」
エレベータの前まで迎えに来ていたヒソカに手をひかれながら、尚樹はどこも似たような風景が続く廊下の左右に眼をやった。
「いつまでここにいられるんだい?」
「なんで泊まること前提なの……夕飯までには家に帰るよ」
そもそも、保護者にはゴンたちに会ってくるとしか伝えていないのだ。
特別遅くなるとも言っていない。
尚樹の言葉に、ヒソカが意外そうに見下ろしてきた。
おそらく、普通に考えてパドキアから天空闘技場までの距離が近いとは言い難いからだろう。
少なくとも今日帰って夕飯の時間に家に着くような距離ではない。
「そういう能力かい?」
「そう」
あいかわらず多彩な能力だねぇと笑みを深めたヒソカに、戦闘には向かないけどね、と釘を刺しておいた。
ヒソカみたいな戦闘狂は正義のヒーローよりは理解できるけれど、イルミのような暗殺者ほどは理解できない。
なぜ自分から痛い思いをしに行かなくてはならないのか。しかも一銭の得にもならないときた。
たとえばその命のやり取りをするぎりぎりのスリルがたまらないという人もいるが、そんなスリルは尚樹からすると断固拒否したい。
「残念」
表情を変えずにそう呟いたヒソカに、尚樹はちろりと目を向けた。
口では残念などと言っているが、実際はそうでもないのではないだろうか。
自分はヒソカにとっての青い果実ではない。ゴンやキルアほどには戦闘に対する興味がないのだ。
能力が少し変わっているというだけで、特別強いわけではない。
たぶん、一番尚樹の実力を正確に把握しているのはヒソカなのだろう。
ヒソカだけが、まだ念をあまり使えないころの尚樹を知っているのだから。
「なんだい?」
「……ヒソカはさ、別に俺と試合したいなんて本当は思ってないだろ」
尚樹の断定的なセリフに、ヒソカは足を止めて再び尚樹を見下ろした。
真っ黒な瞳が、時々どうしようのなくイルミやクロロを連想させる。
いつもはそんなに意識しないのだが、時々とてもよく似た輝きを放つのだ。
「どうしてそう思うんだい」
言われて初めて、ヒソカはその事を明確に意識した。
自分でもよく理解できないが、言われてみればあまりそそられない、というか、食指が動かない。
先ほどのように時々たわむれにそういうことを臭わせるようなことを言っても、尚樹が拒否すれば「残念」の一言で済ませられる程度。
その辺を歩いている子供相手にやりあいたいかと言われれば、否と答えるような感覚。
それなのに、今まで彼を殺さずにいたのは考えてみればおかしな話だった。
「……犬猫みたいなものなのかな」
たとえば、そこにいれば軽くかまってやって、逃げて行けば追わない。力ないものだからといって衝動的に殺そうとも思わない。
「うん、それが一番近いかも」
「ヒソカ? なんか自分で自己完結してたりしない?」
「ん? ああ、ごめんね。尚樹はどっちかっていうとその辺の野良猫って感じかな、と思って」
だからまあ、ちょっとくらい爪を立てられても腹が立たないかな、と続けたヒソカに尚樹は何とも言えない顔をした。
それもそうだろう。
野良猫扱いされて喜ぶ人間はいない。
「愛玩動物ってこと? それっぽくてヤダなあ……」
「愛玩っていうとなんかやらしいねえ」
「ヒソカ、その反応はオヤジっぽい」
嫌そうに顔をゆがめた尚樹の頭に、猫をなでるように手を伸ばした。