危険中毒バトルマニア

そびえ立つ塔とその入口に殺到する人の群れを見て、やっぱり来なきゃよかったかも、と早々に後悔した。
ことの始まりはヒソカからの電話。

「ゴンとキルアが天空闘技場に来てるよ」
「知ってる。本人たちが行くって言ってたからね。今何階くらい?」
「150階かな」
150階か、とヒソカの返事に尚樹は一瞬考え込んだ。
気が向いたら一度顔を出すとはいっておいたのだが、まさかこんなに早く150階に行ってしまうとは。
200階に行くのもあと数日かも、とさすがに逐一は覚えていない部分を振り返る。
「その調子なら200階はすぐだね」
「そうだね」
「うーん、どうしようかなあ」
放っておいてもあの二人なら大丈夫だとは分かっているのだが、気になるといえば気になる。
自分から見たら彼らが本当に子供だからかもしれない。比喩的な意味ではなく、マジな年齢的に。
いやでも念について教えられるほど使いこなしてないしな、とすぐに年上としての妙な義務感を尚樹は放棄した。
一応、軽くフォローくらいはしておくか、と口を開く。
「200階に来たら、足止めしてあげてね」
「……どうしてだい?」
あれ? ヒソカはもともとゴンたちを200階に入って来れないよう足止めしてなかったっけ? 
と尚樹は首をかしげた。
あの場面では意外とヒソカはいいやつかもしれない、と見直したりもしたのだ。
まあ、そのあとのゴンとの試合でやっぱり変態は変態か、と現実に返ったが。
「二人ともまだ念を覚えてないからね。青い果実を他人にもがれるのは嫌いだろ?」
受話器の向こうでヒソカが笑ったのがわかった。
明確な了承は得られなかったがおそらく足止めしてくれるだろう。
用件はそれだけかと電話を切ろうとした尚樹にヒソカが待ったをかける。
それにお座なりな返事をし、続く言葉に耳を傾けた。
「君も気が向いたら遊びにおいで」


と、いうわけでやってまいりました天空闘技場。
ちょろっとゴンたちの顔でもみて帰ろうと思っていた尚樹は、いきなり場内放送で呼ばれた自分の名前に驚き、何の用だろうと思いながら素直に呼ばれた場所へと向かった。
立っている場所はリングの上、目の前に立つのはお前本当に人間かという巨漢。
その彼が、自信気に指をばきばきと鳴らしている。
あれって本当は関節に悪いんだよね、とどうでもいいことを考えてしまった。
外野からはおそらく尚樹に対する野次だろうと思われるものが飛んでいる。
「……参加登録した覚えはないんだけど、な」
いつの間にやら試合が開始されていたらしく相手のこぶしが、尚樹に向かって振り下ろされる。
たいして速くもないそれを尚樹は一歩後ろに後退するだけでよけた。
一瞬前まで立っていた場所に軽くひびが入る。
いつも思うのだが、どうしてこの世界の人間は念能力者でもない一般人までこうも人間離れしているのか。
相手は尚樹が子供なため余裕だと思っているのかにやにやと笑みを浮かべている。
それを見ながら、そういえばいつも稽古の相手はゼタさんだから他の人とはあんまり実戦経験はないんだよな、と思い返した。
尚樹の覚えている限りでは、自分の受けたハンター試験と、うっかり参加してしまった今年のハンター試験しか、まともに他人とやりあったことはない。
こういう、自分より明らかにでかい人間相手にどこを狙えばいいのか。
ゼタさんお勧めの脇腹も、首も、手が届きそうにない。
薙ぐように振りぬかれたこぶしをかがんでよけ、そう遠くもない相手の懐に入るように地面を蹴った。
床に左手をつきそれを軸にして、相手の足めがけて蹴りを繰り出す。
ざらりとした細かな砂の感触を手のひらに感じる。
相手に接触する直前に、右足だけ念で強化した。
卑怯業だろうとなんだろうと、痛いのはまっぴらごめんだ。
「弁慶の泣き所アタック!」
割と冗談半分というか、何気なくした行動だったのだが意外と嫌な音がして、まるでこけるように相手が盛大に前のめりに倒れた。
よっぽど痛かったのか、蹴られたほうの足をかかえて小さくなっている。
立ち上がる気配はない。
気のせいか眼尻に光るものが……。
「ご……ごめんなさい。痛かったですよね」
なんせ弁慶も泣いちゃいますからね、そこは。
自分より年上の、しかも屈強な体の大男を泣かせてしまった尚樹はあまりの動揺に思わず謝罪する。
その状況を呆然と見ていた審判は、尚樹の間抜けともいえる謝罪にようやく自分の役目を思い出し、尚樹の名前をコールしたのだった。


不本意にも 尚樹はもらったファイトマネーでジュースを買った。
うっかり審判の人に言われるまま50階に来てしまったけれど、よくよく考えれば参加登録をしたのは自分ではない。
犯人は誰だと言いたいところだが、一人しかいないだろう。
「……ヒソカめ」
こんどささやかな嫌がらせをしてやろう、と心に決めていると再び名前を呼ばれた。
嫌々ながらも指定された場所へと向かう。
別に棄権しても良かったのかと気づいたのはリングの上に立ってからだった。