踏み出す瞬間

黒くわずかにざらついた手触り。
白くかすれた字で右下に「リューク」
裏を返すとホームページのアドレスが記されていた。
一通り目を通した後、ヒソカは視線を尚樹へと戻した。


「お遊びで作ってみただけだからヒソカにあげる」
「それはどうも…結構手が込んでるね」
「黒い名詞に修正液で手書きしただけだけど、結構雰囲気出てるでしょ」
「……それ聞くと色々台無しだね」
改めてもらった名刺に目を落とすと、確かに言われてみれば修正液だ。
お遊びで作ったと言うだけあって、お粗末なことだ。
言われなければ、そこまでまじまじと見ないから気付かないだろうが。
「リュークっていうのは仕事用の名前かい?」
「うん。キラでも良かったけどリューク可愛いから。死神さんの名前なんだよ」
「……そう」
言っていることの1割も理解できなかったが、追及しだしたらキリがないので適当に相槌を打つ。
気にしたら負けだ。
それに、質問をしたところでまともに答えを返すのは相手がイルミかシャルナークのときくらいだ。
「それで、何の仕事なの? 死神って言うくらいだから、殺し屋かな?」
「そう。運び屋も考えたんだけどね、ヤマトって名前で」
夜一さんが黒猫だから、という尚樹にそれのどこが運び屋につながるのか分からないが、ヒソカは先ほどと同様曖昧に頷いておいた。
「他にはこのことを知ってる人はいるのかい?」
「ううん、まだヒソカだけだよ。シルバさんとかに挨拶しといたほうがいいのかな?」
「いや……別にいいんじゃないかい。それに、あまり人に言わないほうがいいと思うよ」
ヒソカの言葉に尚樹が首をかしげる。
おそらくヒソカが何も言わなかったら、いろんな人に教えるつもりだったのだろう。
いつも思うことだが、この危機感のなさはただ鈍いのかそれとも余裕なのか。
両方だな、とヒソカはすぐに自分の問いに自分で答えを返した。
「正体を知られるといろいろ面倒だからね。逆恨みとかもあるだろうし。
平和に暮らしたいんだったら言わないほうが懸命だよ」
「そっかー。てっきりゾルディックには一言言ったほうがいいのかと…ほら、元締めに売り上げの何割かおさめるみたいな」
「……君、時代劇とか好きだろう?」
「うん」
テレビの見すぎだよ、とその無防備な額にでこピンをかます。
はじかれたところを無表情でさすりながら尚樹は何かを考えるように視線をさまよわせた。
そして今度はぴたりと視線をヒソカに向ける。
感情の読み取れない黒い瞳をヒソカは見つめ返した。
「もうヒソカには言っちゃったよ?」
「そうだね」
一瞬にして尚樹の右手に棒切れのようなものが具現化される。
その切っ先がヒソカへと向けられ、光を発す。
体を少しだけ傾けて、その至近距離で向かってくる光をぎりぎりで避けた。
「いきなり何だい」
「言っちゃだめだから、ヒソカの記憶を消そうと思って」
「君、そんなことまで出来たのかい」
「うん。まあ、どのへんの記憶まで消えるのかは分かんないんだけどね」
「……見かけによらず乱暴だよね、尚樹は」
「そうかな?」
「自覚がないんなら別にいいけどね。記憶を消すのは遠慮してくれるかな。宣伝しといてあげるから」
分かった、と素直に尚樹がうなずいたのを見てからヒソカは警戒を解いた。
残念そうに黒猫が舌打ちしたのは、きっと気のせいではないだろう。


扱いがひどいけど、ヒソカ大好きです。