次に会う約束をしよう
ああ、思い出した。「アベコンベ」だ。
「こんにちは」
ひょっこりと姿を現した尚樹に、ゴンとクラピカ、レオリオは目を丸くした。
「な…なんでこんなところにいるんだ!?」
開口一番、クラピカは思わずそう口にした。
今、自分たちがいるのはゾルディック家の中。
中、といっても広い敷地のまだまだ端のほうだが。
それでも中に変わりはないわけで。
ここに居るということは、少なくとも尚樹はあの門を開けたということだ。
すぐにそのことに気付いたクラピカは、思わずその幼い体を凝視してしまった。
キルアやゴン、自分のように別段鍛えている風ではないし、レオリオのように体格が良い訳ではない。
「尚樹!尚樹もキルアに会いに来たの?」
クラピカの動揺に気づいているのか気づいていないのか、ゴンはいつもの調子で尚樹との再開を喜ぶ。
「いや…ゴンたちに会いに来たんだよ。ちゃんと着いたかなーって」
「そうなんだ」
「ところで…なんか3人ともえらく仰々しいかっこうだね」
「あ、これ? ちょっと特訓中なんだ」
体中についた重りをまじまじと尚樹が見下ろす。その表情からは何を考えているのか読み取れない。
「なんだ、話し声がすると思ったら花屋の坊主か」
「こんにちわ」
宿舎のほうから顔を出したのは、ゼブロとともに門番をしているシークアントだった。
顔見知りらしい2人に、尚樹が日頃からゾルディックに出入りしていることがうかがい知れる。
それにしても…認識の仕方は「花屋」の坊主で合っているのか?
てっきりもっと他の用事で出入りしてるのかと思っていたのだが…。
「今日はキキョウ様に用じゃねぇのか?」
「はい、今日は彼らの顔を見に来ただけです」
「ふーん…茶でも飲んでいくか?」
シークアントの誘いにしばらく考えるような仕草をした後、首を横に振った。
「遠慮しときます。あんまり遅くなるとまずいし…湯のみ、重そうだから」
「まぁなぁ…坊主ひ弱そうだからな…」
「ひ弱そう、じゃなくてひ弱、なんです」
「いやそこは嘘でも否定しろよ」
二人のやり取りにゴンたちと顔を見合わせる。
ハンター試験のときの様子から、尚樹が見かけどおりではないことは知っている。
加えて、ここにいるということは、最低でも2トンの扉を開いたということだ。
それなのに、ひ弱だというのだろうか?
「あ、そうだ。3人とも、もし良かったらまた店のほうにでも顔出してくださいね。大体俺が店番してますから」
「うん!キルアもつれてくよ」
「ああ、次はもっとゆっくり話そうぜ」
ゴンとレオリオは特に何も気付いていないようで、のんびりと会話をしている。
自分が考えすぎなのだろうか。
いやいや、この2人がのん気すぎるんだ、私がしっかりしなくては、と少々失礼なことをクラピカは考えた。
「何1人で百面相してるんだよ、クラピカ」
一人だけ会話に加わろうとしないクラピカにレオリオが首をかしげる。
それに苦笑で返した。
「おい坊主、あんまゆっくりしてっと暗くなるぞ。もうバスねぇだろ」
「あ、はい。ちょっと遠いけど、このくらいなら頑張って帰りますよ」
「門ひとりで開けれるか?」
言外に開けに行ってやろうか? というシークアントの言葉に、うーん、と尚樹がうなった。
もしかして、尚樹は自分であの門を開けているわけではないのか?
私としたことがその可能性には思い至らなかった…。
よくよく考えてみれば、必ずしもあの門を自分で開けないといけないわけではない。
少なくとも、門番の2人は空けられるのだから。
自分の勘違いにクラピカはほっと安堵の息をついた。
しかし、尚樹の返事にそれも吹き飛ぶ。
「多分…開けれるとは思うんですけど…」
「じゃあ、1人で大丈夫か?」
「…いえ、たぶん、道に迷って門までたどり着けないと思うので、やっぱりついて着てください」
尚樹の自信なさげな声に、一瞬沈黙がおちる。
そしてすぐに、シークアントが笑い出した。
「…そんなに笑わなくても…結構深刻なんですよ? ここ広いから…ここに来るのもわざわざゴトーさんに送ってもらったんですから…」
「………おまえ、ある意味すごいよな」
「そうですか?」
シークアントが何を持ってすごいといってるのか理解していないのだろう。
尚樹が小さく首をかしげた。
もちろん尚樹でけでなく、私を含めた3人も首をかしげる。
そんな様子に気付いたのか、「ゴトーってのは、執事長だよ」とシークアントが補足してくれた。
執事といえば、電話口でやり取りしたことも記憶に新しい。
一筋縄ではいかない、というか、いやみな相手というか…。
その執事にわざわざここまで送ってもらったらしい尚樹は、確かにある意味で大物かもしれない。
「執事のヒトって…意地悪じゃない?」
直接言葉を交わしたゴンは、私より彼に対する印象が悪いのだろう。
ゴンにしてはめずらしく眉間にしわを寄せていた。
「うーん…? そんなことないよ? 礼儀正しいし…道に迷ったらちゃんと迎えにきてくれるし…お菓子とかお茶とか、色々出してくれるし」
本当に同一人物か? といいたくなるほど、尚樹のゴトーに関する印象はいいものばかりだ。
とまどったようにゴンがクラピカのほうを見た。
レオリオもなんともいえない表情をしている。
「おいおい、おまえら。ゴトーの話で盛り上がるのは良いが、日が暮れるぞ」
シークアントの言葉にはっとして空を見る。
先ほどより空がオレンジ色だ。
ここから先は日が暮れるのが早い。あまり遅くなると尚樹の保護者もきっと心配するだろう。
3人で門まで送ってやんな、というシークアントの言葉にうなずいて、門へと足を向けた。
楽しそうに話しかけるゴンに、一つ一つ丁寧に尚樹が言葉を返していく。
表情に乏しく、ともすれば冷たく見えがちだが、後ろから二人のやり取りを眺めているとなんだか微笑ましかった。
大してかからずに見えてきた門を見上げる。
「じゃあ、また近いうちに」
軽く手を振って門へとかけていく後姿はゴンやキルアとあまり変わらない。
ゴンが大きく手を振ってその背中を見送った。
門に片手を突いてわずかに振り返った尚樹が、もう一度小さく手を振る。
そして、まるで普通の扉を開けるようにそのまま片手で門を押して出て行った。
さすがに軽い。
まるで羽のようで、注意して押さなければ激しく開いてしまいそうだった。
閉まる門を振り返ると、かなりそっと押したにもかかわらず7の扉まで開いている。
「…よっぽど重いんだな…」
ちょい、っと陰を使ってこっそり具現化していた道具で扉に触れた。
その瞬間、本来の重みを取り戻した扉はものすごい音を立てて閉まる。
それを確認してから、尚樹は道具を消した。
「…指とか挟んだら、すごそう…」
すごい、というレベルではないのだか、突っ込んでくれる人はいない。
守衛室のほうを見ると、こちらを見ていたらしいゼブロさんと目が合った。
何かに驚いたように口を半開きにしている。
「お邪魔しました、ゼブロさん」
「……えっ、あ、ああ…あ、尚樹君、夜一さんが迎えにきているよ」
どこかあわてたようにゼブロさんが黒猫を抱えて守衛室から出てくる。
にゃー、と夜一さんがひとつないた。
「夜一さん来てたんだね。ありがとうございます、面倒見てもらって」
「いやいや、楽しかったよ。また遊びにおいで」
「はい。じゃあ、また」
ぺこりとお辞儀をして軽く駆け出した。
ふもとへと続く坂道を軽い足取りで駆ける。
「わざわざ歩いてきたの?」
「いや…観光バスにのってきた」
「え…? ちょっ、それ」
かわいいよ!という言葉は何とか飲み込んだ。危ない危ない。
「保護者が心配してたぞ」
「あ、それで迎えに来てくれたの?」
「ああ…ところで、走って帰るのか?」
「ううん」
そんな元気はありません、とばかりに首を振った尚樹に、だろうな、と夜一は思った。
基本的に自分の飼い主は体力を使うことはしないのだ。
少しだけためしの門が遠くなったところで足を止める。
基本的に今自分たちのいる道はゾルディック家へ続く一本道だから、もともと人気などない。
何の遠慮もなくどこでもドアを具現化した尚樹は、夜一を抱えあげてそのドアをくぐった。
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アベコンベ→物の性質をあべこべ(逆)にするドラ●もんの道具
あべこべクリームとかもあった気がします