次に会う約束をしよう

シルバさんに言われたとおり歩いたのに、なぜか守衛さんたちの家にはたどり着かなかった。


目の前に立つ女の子と曖昧に笑いあう。
「あの…今日は、キキョウ様に御用ですか…?」
「えと…いや、今日は私用で…守衛さんの家に行きたかったんだけど」
「え、それなら大分通り過ぎてますよ!?」
「あ、やっぱり…? あハハハ…シルバさんに言われたとおり来たと思ったんだけどなぁ…」
自分の方向音痴ぷりに感動しそうだ。
こんなことなら、夜一さんを無理にでも連れて来るんだった…と思わず遠い目をした。
カナリアとは数度会ったことがある。いつも挨拶程度しか言葉を交わしたことはないが。
日頃から尚樹が屋敷に出入りしているばっかりに、どう対応してよいか分からず、うろたえているようだった。
「えっと…カナリアさん、執事室に連絡って取れる?」
「いえ…すみません、ここからじゃ連絡できないんです」
「あー…だよねぇ…。ゴトーさんに連絡って、どうすればいいかな? 無理?」
尚樹の言葉に、カナリアはわずかに眉根を寄せて考え込んだ。
「ゴトーの、携帯の番号なら…」
「ほんと? じゃあ…俺の携帯でかけてもらってもいいかな…?」
尚樹の差し出した携帯を受け取り、すこしためらってからボタンを押す。
2コールもしないうちに相手が出たようで、カナリアの顔に緊張の色が浮かんだ。
2、3言交わした後、携帯を渡される。
「…あ、ゴトーさん? 尚樹です。ちょっと頼みたいことがあるんですけど…」
『お久しぶりです、尚樹様。ご用件は何でしょう? 』
おずおずと切り出すと、思いのほか優しい声が返ってきてびっくりした。
もしかしたら、漫画で見たゴンたちのような対応をされるかもしれないと思ったからだ。
すんなり信じてもらえてよかったと、胸をなでおろす。
「あの…俺、守衛室に行きたかったんですけど、なぜかカナリアさんのところにたどり着いちゃって…このままだとドツボにはまって遭難しそうなので助けてください…!」
カナリアが固まっているのが視界の隅に移るがそんなのは関係ない。
尚樹にとっては深刻な問題だ。
いったん引き返しても、門にたどり着く保証はない。
この広大な敷地で迷ったら、もうどうしたらいいのか…。
ミケにくわれてご愁傷様だ。
そんな尚樹の必死の思いが伝わったのか、ワンテンポ遅れて、『今から迎えに行きます』とゴトーが返事をした。

「お手数をかけてすみません…」
しょんぼりと肩を落とす小さな姿に苦笑をもらした。
そっとその肩をなでて、「大丈夫ですから、そんなに落ち込まないでください」と慰める。
尚樹が方向音痴であることは、使用人たちの間では、意外と知られている。
何度来ても屋敷内で迷うからだ。
飼い猫を連れているときは、信じがたいことに彼が案内を務めているようで、そんなことはないのだが…。
ゴトーたちの間では「尚樹を一人にするな」が合言葉になりつつある。
カナリアは、いわば門番のようなものだから、そのことを知らなかったのだろう。
「守衛室に向かえばよろしいですか?」
「あ、はい。よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げた尚樹に再び苦笑を浮かべた。
自分は使用人だから、そんなに丁寧にしなくてもいいと言っているのだが、相変わらずのようだ。
「あ、カナリアさん…ありがとうございました」
わずかに目を細めて笑みを浮かべる姿は、ひどくアンバランスにも見える。
カナリアが少し取り乱した様子で、顔を赤くしたままお辞儀をした。
彼女には少し、刺激が強かったかもしれない。
その微笑ましい様子にわずかに笑みがこぼれた。
見た目にはキルアと変わらない年の子供のように見えるが、取り乱すことなく理性的。
本人いわく15、6才らしいが、もっと年上に感じることもあるし、年相応に感じることもある。
キルアよりイルミに似ているような気もするが、どちらかといえばシルバやゼノに似ている気もした。
さすがにゼノ様だと百戦錬磨過ぎるか、と自分の考えに突っ込みを入れる。

その小さな手を引きながら、そういえば昔はこうしてイルミ様やキルア様の手を引いたものだと、懐かしい気持ちになった。