次に会う約束をしよう

「と、言うわけで、働きたいんですけど」


何がどういうわけか、何の前振りもなくそういった子供をゼタは見下ろした。
昼食を作ろうと握っていた包丁が動揺のあまり指先を掠めるが、それで切れるほどやわな体ではない。
それでも一応包丁をまな板の上に置き、水道で手を洗って、タオルで手を丁寧に拭いて先ほどの言葉を頭の中で反芻。
「…もう働いているだろう?」
「店番のことなら、ただのお手伝いレベルですよ?」
「ちゃんと小遣いはあげているだろう。足りないのか?」
「いえむしろ余ってますけど…」
「なら問題ないだろう?」
これでこの話題は解決、と再び包丁を握る。
そんなゼタの服のすそをくいくいと尚樹が引いた。よくゼタの注意を引くときに尚樹のとる行動だが、何度やられてもすごい破壊力だ。
ものすごくときめきつつも無表情を保って、再び包丁を置き視線を戻した。
「でも俺ももう15? 16? ですし、ちゃんと働いたほうがいいと思うんです。ハンター証も持ってることだし」
「まだ未成年だし、早いんじゃないのか? それに、店番も立派な仕事だぞ? なんならちゃんと給料を出してもいい」
「それじゃ、お金が家の中だけで循環してるじゃないですか。俺嫌ですよ、そんなヒモみたいなの」
「尚樹…ヒモなんて言葉誰に聞いたんだ? 言いなさい」
いや、問題はそこじゃなくてお金が家の中で循環してる…ってところだったんだけど、と尚樹は少しだけ顔をしかめる。
だいたい、ヒモ、と言う言葉をどこで覚えたのか自分でも記憶にないし、この世界に来る前から知っている。
しかしこの問題をクリアしない限り話が進まないと判断した尚樹は「団長さんです」と真顔で言い放った。
そうか、と相槌を打ちつつ黒いオーラを発しているゼタには気づかず、尚樹は話をもとに戻す。
「危ないことはやりませんし、家でやれる在宅ワーク的なことにしますから」
ね? というように小首をかしげて見上げてくる子供の視線に、眉間にしわを寄せながらも「まぁ、それなら」とゼタはうなずいた。
保護者の許可をもらって尚樹がわずかに頬を緩める。
初めのころに比べずいぶんと表情が変化するようになったものだと、ゼタはその頭をなでてやった。
「気をつけてやるんだぞ?」
「はい」
初めて会ったころとほとんど変わらない外見のせいで、つい子供扱いしてしまうがそういえばもう16か、と店番に戻っていった背中を見やる。
微妙な心境になりながらも、その感情を理解できずにそのまま昼食の準備を再開した。
ここに彼の幼馴染がいたら、「それは娘を嫁に出す父親の心境だよ」と少しばかりずれた回答を提示してくれただろう。



携帯のアドレス帳から目的の人物をさがし、ぽちっと発信ボタンを押した。
昼時で人のいない店内は、シンとして表の喧騒がどこか遠くに聞こえる。
カウンターに座って電話をかける飼い主のひざに、夜一は軽やかに飛び乗った。
「あ、もしもし? 尚樹です」
『ああ、久しぶり。めずらしいね。ハンター試験受けてたんだって? 』
「お久しぶりです。ハンター試験は受けてたって言うか…一応試験管だったんですけどね」
『ちょっとそれ見たかったなぁ。今日はどうしたの? 』
「えーと…今度パソコンを買いに行きたいんですけど、よく分かんなくて。一緒に行ってもらえませんか? 
ついでに色々教えてもらえると助かるんですけど」
『あ、ついに買うんだ? いいよー、俺でよければ全然』
「ありがとうございます」
主人の声に反応して夜一がぴくぴくと時折耳を揺らす。
ほとんど無意識にその頭をなでてやりながら、尚樹は電話の相手と日程について話し合う。
比較的すぐに話がつき、ご機嫌な様子で電話を切った。

相手の声も尚樹の声もしっかり聞き取っていた夜一は、ここに来てようやく口を挟む。
「…で、何の仕事をやるつもりなんだ?」
在宅ワーク的仕事でパソコン、いかにもな組み合わせだがまさか本当に内職ではないだろう。
100%否定できないところがつらいところだが。
「うーん…色々考えたんだけどね、暗殺的な感じにしようかと」
的って何だ的って…と思いつつもぐっとこらえて突っ込むべきところに突っ込むべく口を開く。
「どの辺が在宅なんだそれは」
「ん? 在宅だよ? 依頼はメールのつもりだし」
「いや、聞きたいのは依頼の受け方じゃなくて暗殺のほうなんだが…」
「それこそ在宅じゃない? まぁ、最初は一応確認とか取りに行くつもりだけど」
さも当たり前とばかりに返事をする飼い主に夜一は疑問符を飛ばすばかりだ。
短いやり取りで分かったことは、尚樹の頭の中では暗殺=在宅ワークの図式が出来上がっているということ。
「在宅ワークの意味、分かってるのか?」
「何? いきなり…お家でするから在宅ワークでしょ?」
てっきり在宅ワークの意味を激しく履き違えているのかと思ったがそうでもないらしい。
相変わらず自分の飼い主の考えることは理解不能だ。
そう結論付けて夜一はそれ以上の追求を避けた。


「ところで、何でいきなり働く気になったんだ?」
「うーん…せっかくハンター証持ってるんだし、活用しようと思って。それにいい年こいてお小遣いもないでしょ?」
「お小遣い云々はともかく…」
在宅ワークでハンター証も何もないだろうと言う言葉を、夜一はぐっと飲み込んだ。