次に会う約束をしよう
バシャバシャとホースから流れる水を惜しみなくコンクリートの床にまく。
ところどころについていた土がその水をわずかにそめた。
水を出しっぱなしのままホースを床に置き、右手にデッキブラシ、左手にクレンザーを持って準備完了。
尚樹本人的にはやる気満々で掃除に取り掛かった。
夜一は水の被害の来ないカウンターの上で丸くなった。
何の曲か分からない鼻歌を歌いながら、尚樹がリズムとはまったく関係なくごしごしと床を磨く。
前々から思っていたが、自分の飼い主は音楽の才能にあまり恵まれていない気がする。
寒いのが嫌いなくせに、黒いつなぎの手足を捲り上げて長靴ではなくビーサンをはいてバシャバシャと豪快に水を流す飼い主を半眼で見やった。
店内の花はすべて店先と奥の自宅のほうに避難させている。
自宅と店が引き戸一枚でつながっているので、ここぞとばかりに利用するのだ。
おかげで、一時的に一番近いリビング付近が床中新聞紙をひかれ、色とりどりの花であふれかえる。
毎月この行動を尚樹が繰り返すので、店主も夜一も、近所のかたがたもなれたものである。
なぜそんなに頻繁に大掃除をするかと言うと、もちろん、黒光りするアレが出ないようにするためだ。
そのためには、多少の寒さもいとわないらしい。
正直、店は日中開け放っている上に、水気の豊富なこの店で掃除をしたところで黒いアレを防げるとは思えないのだが、それは言わないお約束だ。
「にゃんにゃんにゃにゃーんにゃんにゃんにゃにゃーん」
どんな歌だそれは、とあきれながらまったく手伝う気のない(というか手伝えない)夜一はごろごろとカウンターの上で寝返りをうった。
「尚樹」
名前を呼ぶ声に、今日もいい声だなぁと尚樹が声の主を振り返る。
パシャリとシャッターを切る音がした。
自宅のほうから顔を出した店主がデジカメを構えていて、それがしっかりと尚樹のほうに向けられている。
カメラを向けられた条件反射で、何も考えずにピースをかえすと、もう一度シャッターが切られた。
「ケイさんに送る写真ですか?」
「ああ、今月は全然撮れてないからな」
尚樹がこちらの世界に来たときに少しだけお世話になった孤児院に、ゼタさんは隔月で写真と手紙を送っている。
何でも、そういう決まりなんだとか。
別に、写真が好きでも嫌いでもない尚樹はバシャバシャと撮られるがままだ。
それを口実に店主が好き放題に写真を撮っていることに尚樹はもちろん気づいていない。
「掃除もいいが風邪を引くなよ」
「大丈夫です。ぬるホッカイロを塗ってますから」
ほんのりほかほかです、と常連客の一人にもらったそれをどこか満足そうに見せる尚樹に、店主は軽く噴出しそうになるのをいつものポーカーフェイスで切り抜けた。
すいませーんと店先で声がして、ブラシを片手にもったまま外に出と、
そこには尚樹の顔を見て驚いた様子の顔が三つ並んでいた。
その店はひときわ目立った。
ぎりぎり通行の邪魔にならない範囲まで所狭しと並べられたあざやかな花々。
それが通常なのか、特に注意を払うことなく通り過ぎていく人々。
見たとおり花屋なのだろう。
最近知り合った少年の顔が脳裏に浮かぶ。
まさか、とその考えに苦笑した。
「クラピカ、レオリオ、花屋だよ!」
同じことを考えたのか、ゴンか少し興奮したように声を上げた。
「あそこの人に道を聞こうよ」
止める間もなくゴンが走っていってしまう。あわててその後をレオリオと追った。
「待てゴン。花屋だからと言って尚樹の店とは限らないぞ」
「うん。でも行かないよりは行ったほうがいいでしょ? どうせ道聞かなきゃいけないんだし」
「…まぁ、それもそうだな」
ずいぶんと花屋が気になっているらしいゴンに苦笑が漏れる。
まぁ、確かに可能性はゼロではない。
店の中はいくぶん薄暗く、店先に並べられた花で近づくことができなかった。
奥のほうに人影が見える。
「すいませーん!」
「すみません、道をお尋ねしたいのですが」
ゴンとクラピカが声をかけると、奥の人影が振り返った。
そのままパシャパシャと水音を立ててよってくる。
明るいところで照らされた顔を見て、クラピカはあまりの偶然に声を失った。
「…いらっしゃいませ?」
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