証
405番が294番に一方的に痛めつけられるのにも、191番が44番に一方的にやられるのにも、333番と99番の審判を巻き込んだ異様なやり取りにも、最終試験の試験官を勤める子供は眉一つ動かさなかった。
ぱっ、と鮮血が散る。
いったい何がおきたのか、大半のものは目で追うことができず、呆然と立ち尽くした。
今まさに試合を始めようとしたレオリオとボドロも同じく、その場に固まっている。
その中で唯一状況を正確に把握している尚樹は、頬を伝う鮮血をそのままに、鋭い視線をキルアに向けた。
その視線にこめられた一瞬の殺気に、我に返ったキルアはつかまれていた手首を乱暴に振り払い、尚樹から距離をとる。
あっさりとキルアを開放した尚樹は、もういつものどこかぼんやりした表情に戻っていたが、はなつ空気がまるで違う。
緊迫した空気の中、尚樹だけがいつもと変わらない様子で口を開いた。
「取り合えず、キルア、ボドロさん失格。レオリオは合格です」
隣に立つ子供が動いたのは、審判の試合開始の合図と同時ぐらいだった。
次の瞬間には、191番の背後、99番と向かい合う位置に少年は立っていた。それまで一般人のそれと同じく垂れ流しだったオーラは、乱れることなく少年の体にとどまっている。
191番に攻撃を仕掛けようとした99番の腕をつかんだときにかすったのか、薄く頬が切れて血が流れていた。
99番はサトツが試験中から気にかけていた受験生の一人だ。その戦闘センスは目を見張るものがある。
だから尚更、尚樹が彼を止めに入ったことに驚きを隠せなかった。
もちろん、試験中の様子から、そういうことをとめに入るタイプではないと思っていたせいもあるが、それ以上に。
間に合わない、と思った。
自分にもし止める気があったとして、間に合っただろうか。答えは否だ。
99番が攻撃を仕掛けると気づいた瞬間には、おそらく彼の手は191番の心臓を貫いていただろう。
それほど正確に99番の手は心臓を狙っていたし、スピードも十分だった。
もちろん、まだ念も覚えていない子供に負ける気もなければ、スピードで劣っているとも思わない。
それでも、本気で殺しにかかっている人間と、後からそれに気づいて止めに入るのとでは話が違う。
おそらく、すんでのところで間に合わないだろうし、気づかない。
現に、試合開始前からその場を動いているのは尚樹だけだ。
ブハラもメンチも会長も、一番近くにいた審判でさえ突然のことに反応できなかった。
混乱をあらわにしていた99番は、尚樹の声で我に返ったのか、くるりと踵を返して足早に部屋を出て行った。
速いけれど、見切れないほどではない。指先の軌道ははっきりと見えていた。
具現化系である尚樹にとって、強化系や放出系はお世辞にも得意とはいえない。
一応念でガードはしていたものの、あっさりと切れてしまった頬に指を滑らせて簡単にぬぐう。手についてしまった血をどうしようかと考えて、ついいつものくせで唇を触ってしまい、味わう羽目になってしまった。
錆の味が口の中に広がる。
軽く顔をしかめながらも、鉄分は足りてそう…などど根拠のないことを考えた。
「尚樹、キルアが失格なのは…仕方ないとして、191番まで失格ってのはおかしいだろ」
せっかく合格を言い渡されたのにわざわざ抗議してくるレオリオに、尚樹はわずかに微笑んだ。
何だかんだいって、主人公組みの中ではやっぱりレオリオが一番大人だし、良識を持ち合わせてるよなぁ。
元の世界にいたときから、人殺しが悪いことだなんて思ってなかった。ただ、それが”いけないこと”だということがあの世界のルールなのだろうと理解していた。
だから尚更、レオリオのような人間はうらやましくもあり、そして相容れないものだった。
そこにあるルールを当然のものとして受け入れることができる、それは社会に適合する上で最も必要とされる能力なのかもしれない。
そういう人間はとても貴重で、きっと原材料は”善意”でできているのだろう。
別に、皮肉ややっかみではなくて、純粋にそういう言う人間には敬意を払いたいと思う。
ただちょっと、自分という人間を思い知らされるだけ。
「別に、おかしくはないでしょう。俺が止めに入らなかったらボドロさんは死んでいたわけだし。
それに、まともにやりあったとしてもレオリオのほうが実力は上だと思っています」
…ってネテロさんが言ってた確か。漫画で。
ついでに、うっかりとめに入っちゃったけど、本当はここでボドロさんが死んでレオリオが合格にならなきゃいけなかったわけだし。
うん、俺、間違ってない。
無理やりに自分を納得させて、尚樹は至極当たり前のようにレオリオの抗議を突っぱねた。
「というわけで、最終試験終了。皆さんお疲れ様でした」
これ以上の異議は受け付けないとばかりにぺこりと頭を下げた尚樹によって、最終試験開始と同様、あっさりと第287期ハンター試験終了が決まった。
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