クラピカの刺さるような視線と、レオリオの物言いたげな視線をのらりくらりとかわして、尚樹は他の試験官たちの集まる部屋に避難した。
リッポーの隣、サトツと角を挟んで隣の位置にすわり、マイペースに食べ物を口に運ぶ。
ちょうど向かいに座るブハラを「何食べたらそんなにでかくなれるんだろう…」とちょっと羨望の眼差しを向けながら、サトツにすすめられるままに箸を動かした。
サトツさんって面倒見いいなぁ、とちょっとときめいたり。ハンター試験からこっち、あまりまともな人とのふれあいがなかったせいかもしれない。
尚樹の飼い猫はもうすでにお腹いっぱいになったのか、膝の上で丸くなっていた。
ルーキーがどうとか他の試験官たちは色々盛り上がっているが、尚樹はそれには気を止めず目の前の食事に一生懸命。
昔に比べて、食べる量は多くなったが、いかんせん食べるのが遅いのだ。だから尚樹はものを食べるときは極力それに集中することにしている。………といっても別に急いで食べるわけではないのでやはり遅いのだが。
むぐむぐと口を動かしている姿に、隣に座っていたリッポーは、小動物を連想した。
「最終試験は一風変わった試合をしてもらうつもりじゃ。そのためにあとで受験生達のことを教えてくれんかのう、尚樹ちゃん」
「………」
もぐもぐもぐごっくん。
「………聞いておらんかったの?」
「………はい…」
ちょっぴり笑顔が怖いネテロ会長に尚樹は素直に頷いたのだった。


最終試験は4次試験終了から3日後。1対1のトーナメント方式だった。
発表された組み合わせを見て、クラピカはその目を見開いた。
………1番がいない。
4次試験、クラピカのターゲットは尚樹=水沢だった。くじを引いたとき、1の数字に見覚えがなくターゲットが分からなかったが、すぐにプレートをつけていない人物に思い当たった。
もしやあの少年が1番なのだろうか? 
一度そう思い出したら、そうとしか思えなくて。
もし本当にあの少年がターゲットならそうやすやすとプレートを渡してはくれないだろう。
3次試験の、あの試合。
あれを見たときから油断のならない相手だと思っていた。昨日今日で出来るような動きではない。
あの時は少ししか見ることが出来なかったから、クラピカは尚樹の実力を測りかねていた。
それでももちろん、自分には果たすべき目的があるから、勝ちを譲る気はなかったけれど。
そしてクラピカの予感は的中し、1番は尚樹だった。
結局4次試験中に彼に遭遇したのは1度きりだったので、プレートを奪うことはかなわなかったのだが。
残り1日となっても集まらないプレートに、レオリオと2人苛々していたところに、ゴンから渡されたものは、3点分のプレート。
ゴンは尚樹から自分に、と言った。彼の意図は分からなかったが、そのときは他に手がなかったからそれを受け取った。
だから、彼はてっきり受かったと思っていたのに。
それに、彼は確かに自分たちと一緒に飛行船に乗り込んだはずだ。すれ違って今日まで会うことはなかったけれど。
どういうことだ? 
クラピカは眉根を寄せた。
「ねぇ、クラピカ。尚樹の番号…なんでないのかな?」
ゴンが不思議そうにクラピカの服の裾をつんつんと引いた。
「ああ…私も今それを考えていたところだ」
「俺がどうかしましたか?」
後ろから不意にかけられた言葉に、クラピカとゴンがバッと同時に振り返る。
そこには3日ぶりに見る尚樹が猫を抱いて立っていた。
「あ、尚樹お前どこ行ってたんだよ。探したんだぜ」
「どこって…建物の中を探検?」
キルアとレオリオも尚樹の姿を認めて駆け寄ってくる。
キルアとのんびり言葉を交わす尚樹をクラピカはじっと見遣った。
「それより………ゴンはもう試合が始まるんじゃない?」
「あ、ねぇ!何で尚樹の番号がないの?」
「え? …だって必要ないだろ?」
まるで、ゴンの言っている事が分からないという風に首をかしげる尚樹。
その言葉に尚樹以外の全員が疑問符を浮かべた。

「尚樹ちゃんはこっちじゃ」
ひょいひょいとハンター協会会長が少年に向かって手招きをする。
皆がその言葉にざわついたのは、少年が呼ばれたことにか、それとも老人の口から出た「尚樹ちゃん」発言のせいか…。
てててっと言われるままに尚樹が小走りで老人の前へと進み出る。
2、3言交わしたあと、くるりと受験生のほうを振り返った。
「えーと…何故か最終試験の試験官を勤めさせていただきます、尚樹と申します。よろしくお願いします」
「何故か」のところを強調して、ぺこり、と頭を下げた少年に、先ほど以上に受験生達の間からざわめきが起こる。
空いた口がふさがらないとはまさにこのことだ。
「試験官って…尚樹はハンターだったのか?」
「いかにも。内部試験官として4次試験までは参加してもらったのじゃ」
「なっ!」
レオリオの疑問にハンター協会会長が人を食ったような顔で答える。老人の言葉に何故か294番が絶句していた。
クラピカはと言えば、老人の言葉にどうりで、と納得。
やはり、ただの花売りの少年ではなかったらしい。下手に喧嘩を売らなくて良かったな、と胸をなでおろした。
「とりあえず試験開始。質問は後。審判さんお願いしまーす」
受験生の驚きも疑問もまるっと無視した尚樹が問答無用と声を上げる。
いきなりの指名に若干戸惑いながらも黒スーツの審判は声を張り上げた。

「だ、第一試合!ハンゾー対ゴン!」