共同戦線

夜一さんがお腹がすいたというので、川で魚を取ったら、それは要らないといわれた。ひどい。


ハンゾーから受け取った3枚のプレートを手に、尚樹はスタート地点の木の上に身を潜めていた。
正確には、枝の上にだらしなく乗っかっているだけで、別段隠れているわけではないのだが。
暇をもてあますようにぶら下がっている腕を時折前後に揺らして振り子のようにしているかと思えば、その状態のままうとうとしたりと本人的には有意義に過ごしている。
そんな幼い(と夜一は思っている)飼い主を見遣りながら、夜一ははらはらしっぱなしだ。
もはや尚樹の保護者的立ち位置。
もう1人の人間の過保護な保護者の心境がいたいほど分かる今日この頃だ。
クラピカたちを見つけられるように、と尚樹が居座っているのは、他よりもずいぶんと高い木。そんな木の枝に洗濯物のように引っかかってうとうとされたらたまったもんじゃない。
「ほら、起きろ。そんなところで寝るな」
うつぶせている頭をてしてしと叩いてやれば、もっと~という意味不明の返事が返ってくる。
今度はちょっぴり爪を立てて叩いてやった。
「痛い…ひどい…」
大して痛くもないだろうに非難の声を上げて体を起こした飼い主は、まだ半分夢の中らしく、目元をしきりに擦っている。
「あんまり擦ると目に悪いぞ」
「んー…」
木の幹へ体を預けて座る形となった飼い主はその体勢で大きくあくびをひとつした。その様子に、夜一は正直めずらしいな、と思った。
もともと尚樹の寝起きは良い方だ。むしろ良すぎて困る。お前はどこの年寄りだ、というくらい朝は早いし、昼寝をしても起こせばすぐに起きる。
そんなことを考えていると、尚樹が二つ目のあくびをして、ぐっと伸びをした。
「あー…早く家に帰りたい…」
「大丈夫か?」
「平気。ちょっと寝不足なだけ。ここ数日布団で寝てないから…」


「尚樹?」

不意に近くからかけられた声に、尚樹はゆっくりと振り返った。
そこには、外見だけでいうのなら、尚樹と同じくらいの子供。3次試験で一緒になった少年だ。
「ゴン。どうしたの?」
まるで道端で話しかけられたかのような反応を返す尚樹に、ゴンは一瞬言葉に詰まった。
「上のほうが周りがよく見えるかなって思って登ってきた」
「そう」
自分で聞いておいてあまり興味がなさそうな尚樹に、ゴンは再び戸惑う。なにか、3次試験のときとは違う印象を受けた。
一方尚樹はそんなゴンには気付かず、黒猫の肉球に夢中になっていたわけだが。
「あ!」
嫌がる夜一の腕をひっつかんで肉球の感触に夢中になっていた尚樹は、プレートのことを思い出し唐突に声を上げた。再び振り返ってゴンに視線を合わせる。そしてずいっとプレートをゴンの方に差し出した。
「これ!悪いんだけど、クラピカに会ったら渡してくれない?」
いきなりのことにゴンは瞠目してその3枚のプレートを凝視した。
「いいけど…どうして?」
「ん? んー…クラピカのターゲットって俺なんだよね」
「え!」
「だから、代わりの3点」
「え? !」
ゴンの驚きと疑問になど気付かず、尚樹は説明にもなっていない説明をする。
一方ゴンにしてみれば、クラピカのターゲットが尚樹だったことも驚きだが、それ以上に「だから」の意味が分からない。しかし尚樹がはい、とプレートを差し出してくるので受け取るより他にない。
「…尚樹は大丈夫なの?」
「なにが?」
「プレート。クラピカにあげちゃったら尚樹の分がないでしょ?」
「ああ…それは平気。心配要らないよ」
「…すごいね」
尚樹の言葉を聞いて、ゴンは少し凹んだ。単純に考えて、尚樹は1人で6点分のプレートを集めたことになる。そうでなければ、他人に上げることなど出来ないだろう。ヒソカに借りを作ってしまった自分とは大違いだ、と自分とあまり変わらない、もしかしたら自分より頼りない躯を見つめた。
「…ゴン?」
「…あ、何?」
「大丈夫? なんか元気がないけど」
顔色を窺うように見上げてくる尚樹に、ゴンはどきりとした。そんなに顔に出てたかなぁ、と苦笑する。
「なんでもないよ。大丈夫」
「そ? それならいいけど」
気を使ってか、それ以上聞いてこない尚樹にゴンは心の中で感謝した。
同じ年くらいに見えても、やっぱりこういうところは年上だなぁ、と感じる。
そこでようやく、ゴンは先ほどの突発的なやり取りのせいで忘れていたことを思い出した。聞くなら今しかないけど、あまり聞きたくない気もする。
ここ数日、ヒソカの後をつけていたからこそ目にしてしまった光景。
ギタラクルとかいう受験生がいきなり鋲を抜き出して、別人になったことにも驚いたが、幾ばくもせぬうちに姿を現し、どこか嬉しそうに頬を緩めて親しげに話しはじめた尚樹にさらに衝撃を受けた。
ヒソカとの会話も、昨日今日知り合ったというには、砕けすぎている。………尚樹は本当に花屋の店番なのだろうか? 
少しの逡巡のあと、ゴンは好奇心にかなわず口を開いた。
「尚樹、ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いい?」
「ん? いいよ。俺で答えられることなら」
「あのね…俺ずっとヒソカの後をつけてたから見ちゃったんだけど…尚樹ってヒソカと知り合いなの?」
ゴンの言葉に尚樹が首をかしげる。手はいまだに黒猫の肉球をいじっていて、1人と一匹の間で静かな攻防が行われてることなど、もちろんゴンは知らない。
「ああそうか…」と一人納得するようにうなずいた尚樹は、黒猫に向けていた視線を再びゴンの方に戻して、にっこりと不自然に笑った。

「不本意ながらね」