共同戦線

ハンゾーとの取引を終え、ようやくレオリオを探しにかかった尚樹に黒猫はずっと感じていた疑問をぶつけた。
「…べつに294番のプレートを奪ってまで取引をする必要はなかったんじゃないか?」
飼い猫の言葉に尚樹はきょとんと首をかしげ、地面を蹴っていた足を止めた。
そしてその言葉を反芻するようにぼんやりと虚空を見つめた後、再び黒猫と視線を合わせる。
「夜一さん、あれは取引じゃなくて共同戦線だよ?」
本気で何を言っているのか分からない、というように首を傾げる尚樹。そんな飼い主のすっとぼけた表情に、夜一はこれで天然だからタチが悪い、と胸中で溜息をついた。
ついでにこれ見よがしに大きな溜息をひとつ。
大人びていても子供は子供、幸いまだ修正の余地もある。ダメな大人になる前に正しい知識を叩き込んでおこう、と飼い主をじと目で見つめた。
自分の飼い猫がそんな失礼極まりないことを考えているなんて思いもしない尚樹は、その視線に再度首をかしげる。
夜一は飼い主のことを見た目どおりの子供だと思っているが、実年齢18歳+6歳の尚樹。
実は軌道修正するにはもう遅かったりする。
「………いや、どう考えても共同戦線と違うだろ」
「共同戦線だよ? だいたいハンゾーのプレートとっとかないと協力してもらえなそうだったし」
協力しないといけない方向性に持って行こうとしているあたりで共同戦線ではないだろう、と夜一はため息をついた。
「おまえはもう6点分集めたんだし、協力する必要があるのか?」
「うーん…そこはちょっと複雑って言うか…」
ハンゾーには受かってもらわないと困るんだよね…と尚樹は呟いた。
一体何ゆえに受かってもらわないと困るのか。尚樹からすれば原作どおり事を運びたいというだけなのだが、そんなこと知るよしもない夜一は頭をひねるばかりだ。
きっと無駄に湾曲した思考によって導き出された結論なのだろうとあたりをつけ、それ以上の追求を黒猫は投げた。
「…あえて理由は聞かないでおくが…それなら別におまえが6点集める必要はないだろう? 試験官のやつも集めなくていいみたいなこと言ってたし」
6点を集めるかどうかは君に任せよう、と試験官が言っていたはずだ。夜一も聞いていたのだから間違いない。
「そうだけど…なんていうかな、保険? たぶんクラピカのターゲット俺だろうし、彼にも合格してもらわないと困るんだよね。でも俺のプレートあげるつもりはないし」
「…だから代わりに他の3点あげますってか? 回りくどいことするな…」
尚樹の言葉を聞いてもいまいち納得できない夜一は、素朴な、しかし言うのをためらわれる疑問をとうとう口にした。

「…で、それはあのハゲが3点集めた頃を見計らって197番のプレートと交換してもらうだけじゃだめだったのか?」

一気に言い放った夜一の言葉に尚樹は再び首をかしげ、視線を右往左往。
そして言葉の意味をようやく飲み込み、夜一に再び視線を向けた。
「夜一さん…そういうことはもっと早く言おうよ…!」
「無茶言うな!」
作戦も意図も説明しなかったくせに、何で教えてくれなかったの!と理不尽な言葉を吐いた飼い主に、夜一は間髪入れずつっこんだ。


4次試験開始から3日。レオリオは一人でうっそうとした森の中を歩いていた。いまだ他の受験生には接触していない。
歩けど歩けど人影はなく、自分のターゲットも分からない。ため息一つ。ついでに休憩とばかりに木の根本に腰を下ろした。
正直、もう適当に3人倒してしまった方がはやいだろうか、と思い始めていた。
ふいに、自分を呼ぶ声が聞こえたような気がして立ち上がり、警戒態勢にはいる。
しかしこれといって特に異変はなかった。風の音か? と思ったとき今度は頭上からはっきりと「レオリオ」と呼ぶ声が聞こえた。
ばっと顔を上げると、今まで寄りかかっていた木の枝に人影が見える。所狭しと茂る葉の間に、子供の姿をとらえた。
「…尚樹?」
「レオリオ、プレート集まりましたか?」
3次試験で一緒になった子供は、そのまま木の上から声を降らす。
先日と変わらぬ子供の様子に毒気を抜かれながらも、いつでも距離をとれるように重心を軽く落とす。
何せ相手は先の試験で力の差を見せ付けられた相手。
あの小さな体のどこにそんな力があるのかというほどの蹴りを繰り出す姿はレオリオの記憶に新しい。
「…いや、まだだ。尚樹はどうだ?」
「ん? 俺? 俺はまだ…?」
「何で疑問型なんだよ…」
「んー…まぁ、これから手に入る予定があるんで。
それより、レオリオ自分のターゲット誰だか分かります?」
これから手に入る予定がある、という尚樹の言葉に一瞬自分のことかと身を固くしたレオリオは、続く言葉の意図をつかめず顔をしかめる。
かろうじて首を横に振った。
「そっか…何番ですか?」
「246番」
「それ多分…ポンズっていう人だと思います。女の人だから覚えてませんか? 確か二人しかいないでしょう。帽子をかぶった髪の毛が肩くらいまでの…」
ジェスチャつきで説明する尚樹に困惑しつつも、確かにそんなやつがいたなとレオリオは記憶をたどった。
「何となく分かった…けど尚樹、なんでおまえそんなこと教えてくれるんだ?」
いぶかしげに眉を寄せたレオリオに、尚樹は一瞬動きを止めた。そして何かを考えるように唇に指先を這わせる。
「…まぁ、あんまりたいした理由はないんですけど…。
1次試験の時に偶然聞いちゃったんです。レオリオの志望動機。
それで、個人的にレオリオにはハンター試験受かって欲しいなって思って…ただの気まぐれだから気にしなくていいですよ」
応援ついでにこれあげます、と落とされたものをあわてて受け取ると、118と書かれたプレート。
レオリオは手の中に納まったそれに目を見開いた。
「もらっちまっていいのか?」
「ええ、俺には必要ないですから。クラピカと2人で好きに使ってください」
ここにはいない人物の名前を脈絡もなく口にした尚樹に、なんでクラピカ? とレオリオは首をかしげた。
しかし茂みの中から姿を現した姿に、その言葉の意味をすぐに理解する。
「なんだ、クラピカそこにいたのかよ」
いつもの調子で声をかけたレオリオに、クラピカは険しい顔のまま返事を返さなかった。その視線はレオリオを越えて尚樹へ。
なにやら不穏な空気をかもしだしているクラピカにレオリオは瞠目した。
尚樹の表情は先ほどと変わらないが、纏う空気がぴりぴりとしているように感じる。その空気に当てられて口の中が渇き、わずかに背筋が冷える。自らの唾液でその渇きを癒して、レオリオは勤めて明るく声を発した。
「ど、どうしたんだよ2人とも。クラピカ、顔が怖いぜ?」
「いや…なんでもない。それよりレオリオ。…私と手を組まないか?」
レオリオの声にはっとしたように尚樹から視線をはずしたクラピカはそのほうが有利だから、と話を切り出した。
ようやっと張り詰めた空気から解放されたレオリオは、クラピカの提案に首を縦に振る。
確かに、クラピカとなら手を組んだほうが色々有利だ。尚樹のおかげでターゲットが分かったにせよ、見つかるとは限らない。
それならついでに、と尚樹にも手を組まないか、と声をかけた。
だがその誘いに尚樹は考える間もなく首を横に振る。
「止めときます。クラピカのターゲットって俺でしょ?」
尚樹の言葉にクラピカが背後で息を呑むのをレオリオは感じた。その反応から、尚樹の言葉が間違っていないことを理解する。
先ほどの2人の気まずい空気に納得したレオリオに、尚樹はそれに、と続く言葉で衝撃の事実を天気の話でもするかのようにあっさりと告げた。

「俺のターゲットはレオリオですし」