共同戦線
2度移動してようやくハンゾーの気配を探り当てた尚樹は、黒猫に無茶な指令を出し返事も聞かずに3度目の姿現しをした。座標は、294番の頭上。
99番が投げたプレートを手にしたハンゾーは、そのプレートを改めて確認した。
198番。
何度確認しても変わらない数字にがっくりと肩を落とす。おそらく、飛んでいってしまったプレートを探すよりはあと2点集めるほうがはやいだろう、と冷静な部分で考えた。
返す返すも口惜しい。
ぐだぐだ落ち込んでいても仕方ない、と足を踏み出そうとしたとき、不意に肩に重みを感じた。
それは一瞬のうちにぐっと重みを増す。
顔だけ上に向けると、黒い瞳と目が合った。
考えるよりも先に体が動く。ばっと体を回転するように肩の重みを振り払ったハンゾーは、視界に映った小さなブーツに、自分の肩の上に乗っていたものが子供の両足だと悟った。
突然肩の上から振り落とされた子供は、あわてることもなくトンッと軽い音を立てるだけで着地した。
ハンゾーの背中に冷たい汗が流れる。
目の前にいる12、3歳の子供に空恐ろしい、と感じた。
忍者の自分がまったく気配を感じなかった、と。
警戒して構えを取るハンゾーと対照的に、子供は無表情で自然に立っている。いつからいたのか、彼の足元の黒猫が跳躍してその細い肩に器用に着地した。その口にプレートをくわえているのが見て取れる。
子供はそれを受け取ると猫の頭をよしよしと撫でた。
あまりに緊張感のないそれに、緩みそうになる気を引き締める。
子供はその雰囲気のまま口を開いた。
「こんにちは、ハンゾーさん。別に攻撃をするつもりはありませんから、警戒を解いてください」
「そう言われてはいそうですかって警戒解くと思うか?」
「思います」
「………お前親に知らない大人について行っちゃダメよ、とか言われたことないか?」
「…保護者にはよく言われます」
やっぱりな、と顔を引きつらせながらハンゾーは構えを解いた。一応距離は保ったままで警戒は解かない。
子供はというと、なんで分かったんだろう? というように小首をかしげていた。
「それで? 何の用だ」
「これ」
すっと子供がハンゾーに見えるようにプレートを掲げた。数字は197番。
「…っそれ!」
「ハンゾーさんのターゲットでしょう?」
「…なんで知って…まぁいい。それを渡してくれるか?」
「条件次第では」
予想通りの言葉にハンゾーは条件は何だ、と視線で促した。
「今、ハンゾーさんは198番のプレートを持っていますよね?」
一体どこから情報を仕入れてきたのかといいたくなるが、先ほどのことを考えると後をつけられていても気づかないだろう。
確認するように言葉を切った子供にうなずき返す。
「そのプレートはハンゾーさんにも俺にも1点にしかならない。でも197番のプレートはハンゾーさんにとっては3点になる。
そこで、3点分のプレートと引き換えにならこれを渡しましょう」
「はぁ!?」
訳の分からない条件にハンゾーは顔をしかめた。取引の条件にしては何か本末転倒な感じだ。ハンゾーはその疑問をそのまま口にした。
「待てよ。3点集めたら俺はもうそのプレートはいらないだろうが」
「そうですね。でも俺は今現在6点分のプレートを所持しています。
ひとつは俺自身のプレート。
ふたつめは118番のプレート。
みっつめは197番のプレート。
そして」
そこで言葉を切った子供はごく自然な動作で197番のプレートとは逆の手に持っていたプレートを挙げた。
ハンゾーはそのプレートに目を見開く。
294番。
ばっと自分の胸を見下ろす。そこにプレートはなかった。
「いつの間に…」
「企業秘密です。ハンゾーさんが3点分のプレートを集めて渡してくれるなら、この197番のプレートと294番のプレート、計6点分を渡しましょう。どうです?」
「まてよ。それこそ取引をする必要はないだろう? 俺にはメリットがあるが、お前はもう6点集めてるんだ」
そのハンゾーの疑問に子供が心の中で、「いやハンゾーに落ちられるといろいろ困るから」とか思っていることはさすがの飼い猫も知らない。
「………別に。その理由をあなたが知る必要はない」
「………分かった。その取引に応じよう」
一瞬漂った威圧的な空気にハンゾーは引っ込んでいた汗が、再び噴出した。地雷を踏んだ、と思ったハンゾーはそれ以上の詮索を避けうなずく。
正直6点集めるのはきついし、自分にはまだおいしい条件だ。そう思いたい。
「それじゃあ受け渡しは…3日後でちょうど正午にこの場所で。いいですか?」
3日かよ…と思いつつもハンゾーは再びうなずいた。こんな子供の言いなりになるのは癪だが、下手にやりあうと危ないとハンゾーの本能が告げていた。
負けるとは思わない。しかし無傷ではすまないだろうという妙な確信があった。
ハンゾーがうなずくのを確認した子供はプレートをシザーバックにしまう。
もう先ほどの気配はなく、どこかぼんやりとした印象を受ける。
そして、無表情のままにカラリと言い放った。
「じゃあ、共同戦線ってことで。よろしくお願いします。
あ、まだ名乗ってませんでしたね。尚樹=水沢といいます」
礼儀ただしくぺこりと頭を下げた子供に、肩の上に乗っていた猫は抗議の声を上げ、ハンゾーは青筋を浮かべた。
「こういうのは共同戦線っていわねぇ!」
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