手に入れたいもの

足を床に投げ出し、壁に上半身をあずけて座ったまま少年はただぼんやりとしている。あらかじめ部屋に用意されてあったポットや急須はしっかり彼の横にスタンバイされ、すでに3杯目になるお茶が注がれたところでとうとうキルアは口を開いた。
「なぁあんた、尚樹って言ったっけ。何やってる人?」
「…? 何って…それはお仕事とかそういうこと?」
ぼんやりとしていたところにいきなり話しかけたためか、のろのろと返事を返した少年にキルアはうなずいた。
「うーん…得にこれと言って…一応まだ未成年だし。強いていうなら花屋の店番」
「は? 嘘だろ?」
そんなはずはないとキルアは反駁した。2人のやり取りを聞いていたクラピカもうなずく。
「嘘だろ…って言われても…他は家でぼんやりしてるくらいしか思いつかないんだけど」
思い出すように視線をさまよわせる相手にマジかよ、とキルアは微妙な視線を返した。
絶対に一般人ではないと思ったのに、と。
先ほどの試合。少年はまったく無駄のない動きで相手を倒した。それに、一瞬漂わせた雰囲気はひどく冷酷なもので。自分とそう年の変わらないように見える少年。あれは何らかの訓練を受けてないとできない動きだ。
キルアはそう確信していた。
「気になっていたのだが、その靴には何か仕込んであるのか?」
囚人を蹴り倒したときの鈍い音。それが気になっていたクラピカはついでとばかりに口をはさんだ。
「ああ…分かります? いちおう鉄板が仕込んであるんです。俺の蹴りじゃあんまり効きませんからね」
「花屋の店番にそれって必要なわけ?」
「必須だよ。キルア、花屋の店番を甘く見ちゃダメだよ」
主に変態(クロロ)を撃退するために、とはさすがに尚樹も言わなかった。


結局あの後、話は原作通りに進み、ゴンが勝ったところで試合終了。キルアが試合に出ない、という形で落ち着いた。
皆が部屋で50時間過ごさなければならないことにうんざりしているとき、尚樹だけが安堵の息をついていた。激しく原作からずれなくて良かった、と。
それで今現在、何気に色々そろった部屋で時間をつぶしているわけだが、何故か尚樹は質問攻めにされていた。
「その猫ずっと連れてたの?」
尚樹の膝の上で丸くなっている黒猫を興味心身で見つめながらゴンが口を開く。
「うん。俺の飼い猫だから。夜一さんっていうんだ」
「へー…ねぇ触ってもいい?」
目をきらきらとさせているゴンにうなずきつつ、そういえばゴンって動物好きだったっけ、と尚樹は思い出していた。
先ほどまで尚樹におとなしく撫でられていた黒猫は、ゴンの手が触れようとするとフーッと背中の毛を逆立てた。が、続く尚樹の言葉におとなしくなる。
「こら。夜一さん、ダメだよ」
ごめんね? 人見知りするんだ、こいつ、という尚樹の言葉にゴンは気にしてないよと夜一を撫でた。
別に人見知りで毛を逆立てたわけではないのだが、と夜一が思っていることは残念ながら尚樹には届いていない。
「そういえば、あんたいくつ?」
「キルア、あんたじゃなくて…まぁいいや。今年でいちおう16だよ。正確にはわかんないけど」
「はぁ!?」
「…同じくらいかと思ってた」
予測していた反応ではあったが尚樹はちょっぴり凹んだ。
「ひどいや…ゴン。素直でいいけどね」
「あ、ごめんね?」
「いいよ。自分でも小さいと思うし」
「気にするなよ、尚樹。クラピカだってそう大きいほうじゃないし」
「いや…レオリオそのフォローはどうかと…って遅いか」
フォローを入れてくれたことはありがたいが、引き合いにクラピカを持ち出したレオリオ。そのフォローに更にフォローを入れようとした尚樹だったが、クラピカがレオリオをじと目で睨んでいたので諦めた。
ご愁傷様、と軽く見捨てる。
「ねぇ、尚樹はどうしてハンター試験受けたの?」
黒猫を撫でながら、大人たちのやり取りなどどこ吹く風でゴンが顔を上げる。
ゴンの言葉に尚樹は唇を指先でなぞった。
「………さぁ…なんでだったかな…」
なんせ2年前のことですから。
一次試験のときに思考の彼方に押しやっていたことを今さらながらに思い出した尚樹。
たしか、ハンターになりたかったわけではなく、ハンター証が欲しくて試験を受けたことだけは覚えている。しかしハンター証を使って何をしようとしていたのかまでは覚えていなかった。頑張れば思い出せそうな気もするのだが。
しばらく無言で考え込んでいる尚樹に、なんとなくまわりも静かになる。
もう3年前になることを尚樹は思い出そうと、当時の自分の行動と思考をトレースしだした。
確かきっかけは、シャルさんだったはずだ。彼にハンター証のことを聞いて…と順を追っていくうちに、ようやっと尚樹はひとつの答えに行き着いた。
そしてあまりのくだらなさに、自分のことながらちょっぴり凹む。
「スウィートルームに一度でいいから泊まってみたい」とか、さすがに言えない。とくに、クラピカとかレオリオの前で。
「…くだらない理由だよ。でもまぁ…俺みたいな奴には、あった方が生きやすいかもね」
動機は不純だけど、有効活用すれば問題ない、と自分に言い訳しつつかなり遠まわしな方向で答えを返しておく。
大体、自分には戸籍がないのだ。日常に慣れすぎて忘れそうになるが、尚樹はこの世界の人間ではない。それに、いつまでも花屋の店長に世話になっているわけにもいかないだろう、と考えをめぐらせた。帰ったら、店番以外にも仕事してせめて生活費くらい稼ごう、と心に決める。そのときにハンター証が役に立つかも知れないし、と自己完結して尚樹の思考はようやく現実に帰ってきた。
そのときになってはじめて、尚樹は皆から意味深な目で見られていることに気付く。
はっ!もしかして俺のくだらない思考がばれた!? みんな察しがいいな~、とその視線を完璧間違った方向に解釈する尚樹。
花屋の店番と言いながら、常人とは思えない身のこなしに、どこかわけありな言動をする尚樹を、きっといろいろ事情があるのだろうと好意的解釈をして同情的視線を送るほか4名。
そのどうしようもなくかみ合わない状況に、夜一だけが溜息をついた。

残り58時間。