手に入れたいもの

「来たか」
反則技を使って一足先に二次試験会場についていた尚樹は下を見下ろした。
試験官より先についていると不審なので木の上に身を潜めていたのだ。自分の足元を通り過ぎていく受験生達を眺める。
ふと仕事を終えたサトツと目が合った。会釈をしようとして高い位置からってのも何だな…と受験生の波にまぎれるように木から飛び降りる。そのまま流されるように進んですれ違うときに軽く頭を下げた。


受験生達は建物の中から響く快音にざわついている。怪音の正体を知っている尚樹はなんとも微妙な心境だ。
「さて…どうしたもんか」
確か自分の仕事は受験生の観察と試験官のストッパーだったはず、と尚樹は思い起こす。
暴走した試験官を止めるのも仕事のうち、というわけだ。
それに従うとすれば次の試験はまさしく尚樹の出番だろう。しかしこの試験、内容自体が変更になってくれないと合格者は出ないだろう。メンチがキレなかったとしても。
できればほっときたいなぁというのが尚樹の心境。
「ま、ネテロさんに任せましょう」
実に潔く役割を放棄した尚樹はあと数秒で正午を指す時計の針を見上げた。

向かってくる巨大な豚を尚樹は微動だにせず見つめた。その手には白い手袋。甲には円形の陣が見て取れた。
豚が迫ってきたところで尚樹は手袋をつけたほうの指をならす。すると炎が一気に上がり、あとにはこんがりと焼けた豚が横たわっていた。
「ちょっと火力が強かったかな…」
焦げてる、と豚を確認しながら言う尚樹に夜一は思わず口を開いた。
「…けっこうエグイやつだな」
「え? 何が?」
豚を生きたまま丸焼きにするお前が、という言葉を夜一は懸命にも飲み込んだ。
「いや…それより今のはなんだ」
「ああ、そういえば夜一さんはまだこれ見たことなかったっけ」
甲の模様がよく見えるように手を掲げた尚樹は首をかしげる。
「これは発火布って言って指パッチンで火がつけれるだけの道具。ちなみに雨の日は無能」
「………」
多分色々間違った説明なんだろうな、と夜一は推測して黙り込む。そんな飼い猫には気付かず尚樹はどうやって豚を運ぼうかと指で唇をなぞった。それは考え事をするときの尚樹の癖だった。
「運べないことはないけど…」
油がつくと静かにもらした飼い主に夜一は嘆息。
「さっきも似たようなこと言ってなかったか?」と心の中で突っ込んだ。
そんなことなど露知らず、尚樹は視界の隅をよぎった影に声をかける。
「ヒソカ!」
「…そっちから声をかけてくれるなんて天変地異の前触れかい?」
「大げさな…俺のも一緒に運んでくんない? 花より重いものは持てないんだよね」
いけしゃあしゃあと言い放った尚樹に苦笑をもらしつつもヒソカはこれを快諾した。
その代わり貸しひとつだからね、と恩を売ることも忘れない。
それに渋い顔をしつつも尚樹は頷いた。そんなに豚を運ぶのが嫌か。
軽々と豚を持ち上げるヒソカ。その後姿を見ながら尚樹はその背の高さが憎いと蹴りを入れたくなった。もちろん生命の危機を感じるのでしないが。
尚樹は6年前どういうわけかこの世界に来た時からあまり成長していない。見た目だけならゴンたちと同じくらいか、少し上。
しかし拾われたとき10歳位の外見だったために、15、6ということになっている。尚樹は一向に大きくならない自分の体を見下ろした。
「尚樹? 行かないのかい◆」
「今行く」


結局尚樹が何も手を打たなかったために合格者はゼロ。原作どおり試験はやり直しとなり、現在三次試験会場に向かう飛行船の中。
試験官たちは一部屋に集まり食事をとっていた。
会話は自然受験生達の話題になる。
294、99、44番とそれぞれ一通りの会話が終わったところで、そういえば、とサトツが口を開いた。
「今年はずいぶん若い子が多いですね」
「そういえばそうね。生意気そうよねー、特に99番」
「405番に99番…あともう1人いるよね、おんなじ年くらいの子。番号わかんないけど」
「尚樹君というそうですよ。2次試験の間少し話をしたのですが…405番や99番とはまた違った印象でしたね。ずいぶん大人びているというか」
そんな子いたかしら、と首をかしげるメンチ。
ブハラは記憶に残っていたようで「メンチの試験投げてたから顔見てないんじゃない?」と言った。
「………こんばんわ」
遠慮がちにかけられた第三者の声に全員が一斉にドアの方を見る。噂をすればなんとやら。そこにはフードをかぶった少年がたっていた。
一番先に反応したのはサトツだ。
「おや、尚樹君。どうしましたか?」
「サトツさん。ネテロさんにここに来ればご飯が食べれるって聞いたんですけど…お話の最中でしたか?」
「いえ…大丈夫ですよ」
ネテロ会長とお知り合いですか? とサトツが尋ねると尚樹はいくぶん驚いた顔をした。
「あれ…? ネテロさんから聞いてませんか?」
俺も試験官なんですけど、と続けた尚樹にそこにいた全員が驚きを隠しもせず首を横に振った。
何気ない動作で尚樹を隣の席に誘導するサトツ。メンチたちの好奇の視線が尚樹に突き刺さる。
「まったく…ネテロさんは。
えーと、初めまして。今回内部試験官を勤めさせていただきます尚樹と申します。以後お見知りおきを」
かぶっていたフードを取り去った尚樹はぺこりと頭を下げる。その際にフードの中に入っていた猫が膝の上に飛び降りた。
「君、いくつ?」
「15、6くらいです。正確にはちょっと分からないんですけど」
メンチの言わんとするところを悟った尚樹は苦笑まじりに返した。
その返事に大人三人は更に驚いて尚樹をまじまじと見遣る。
「尚樹君は…何かお仕事をしているのですか?」
年若くてもハンターはハンター。念が使えるようには見えないが、試験官を務めているということは使えるはず。
そしてネテロが認めるだけの理由があるはずだとサトツは思った。
しかし尚樹はサトツの問いに視線を泳がせる。
しばらく逡巡して発せられた答えは意外なものだった。
「花屋…ですか」
「っていっても俺が経営してるわけじゃないんですけど…ただの店番です」
「…念は使えるのよね?」
食べ物を取り分けてやりながらメンチが確認するように問う。
尚樹はそれを受け取りながら首を縦に振った。
「あまり用途はないですけど…一応一通りは」
「もしかして、私より先に二次試験会場についていたのは…」
「あ…あははは。バレてました? 実はちょっと念を使いました。移動系のものがあるので」
ばつが悪そうに笑う尚樹に、メンチは興味がわいたらしく椅子ごと隣に移動してきた。
「念は誰に習ったの?」
「あ、俺の保護者で…花屋の店長です」
「花屋の…? もしかして、その花屋ってパドキア共和国にあったりする?」
「はい。もしかしてメンチさん知ってるんですか? ゼタさんっていうんですけど…」
「…あー…そういえば子供を引き取ったって言ってたわね…」
何度か仕事を頼んだことがあるのよねぇ、と一人納得した顔でメンチは呟いた。