17 すきまを埋める

「ジェイド、リオ・ラドクリフというのはどういう人物なのですか?」
「イオン?」
二人きりになるなり口を開いたイオンに、ジェイドはいぶかしげに振り返った。
彼の不信感を払うように、あなたとプライベートで親しそうな方だったので、とフォローを入れる。
先ほど感じた感覚を忘れないうちに、リオ・ラドクリフについて知っておきたかった。
いつもとは違う仕草でジェイドが口を開く。
伏し目がちに視線を揺らしながら話すジェイドは、いつもとはまるで別人だ。彼を目の前にした時と近いその雰囲気。
それを何というのか、残念ながらまだ幼いイオンには分からなかった。
「リオ・ラドクリフは……誰にでも公平に優しい方です。周りからの信頼も厚いですし……」
「預言についてはどう思っているんでしょうか」
「とても信心深い人です。軍人になったのも預言に詠まれていたからだと聞いていますし……夕飯の献立も、私が一緒させてもらう時は預言通りです」
「……そうですか」
話だけ聞けば、とても標準的な青年だと思うし、他の大勢の人間と同じように、預言を信じきっているようにも思う。
だが、説明出来ないけれど、イオンは確かに感じたのだ。彼が、預言というものを信じていると言った、その言葉に。ああ、彼は嘘をついている、と。
「イオン?」
黙り込んだイオンに、ジェイドが首を傾げる。それに何でもないとかぶりを振った。

嘘をついた。それはイオンにとって初めての経験だった。
いや、正確には嘘をついたわけではない。ただ、預言を最後まで詠まなかっただけだ。
リオ・ラドクリフは、この先ジェイドに望まれて行動をともにする事になる。それは本当の事だ。
死をにおわせたイオンの言葉を、リオは正確に読み取った。
きっと彼は預言など信じていないのだと、その時までイオンは確信していた。なのに、預言を聞いた彼の表情にその確信が揺らぐ。
自分の死を確信したように、伏せられたまぶた。何かを悟ったかのような落ち着いた声、表情、そこから僅かな悲しみの匂いがした。
もしかして彼は、本当に予言を信じていたのだろうか、と混乱した。
そしてその後、すぐにイオンは自分の勘違いに気づく。
彼は予言を信じていないのではない。信じているのに従う気がないのだ。
その事に気づいた時は、笑い出してしまいそうだった。それはイオンにとっては初めての事で、他の誰とも違う考えかた。
後日また言葉を交わして、預言を天気予報と同列に扱った彼に、爽快感すら感じた。
この先の彼の未来は、とても受難に満ちたものだったが、それはそれで楽しそうだったので、黙っておく事にした。出来ればこれから先、彼がどんな風に生きていくのか見てみたい気分だったが、残念。自分は彼よりも先に死んでしまうだろう。
せいぜいジェイドに翻弄されて生きなさい、と祝福の言葉を贈った。