16 きれいな微苦笑

「あなたの行動は、ちぐはぐだ。予言を信じているというくせに、従う気はないなんて」
「……俺からすれば、あんた達の方がおかしいと思うけど? 雨がふるって分かってるのに、傘をもっていかない人間はいないだろ?」
「夕飯の献立まで預言に頼るのは?」
「考える手間が省けていいだろ。べつに害のあるもんじゃないし」
「……どうして、僕らと一緒に?」
ああ、ほんと、来たくなかったよこんなとこ。聞かなくたって分かるだろ、そのくらい。
「預言に逆らうのは容易いけど、運命に逆らうのは至難の業ってことかな」
もっとも、自分の場合意志が弱いせいだろうが。思わず嘲笑が浮かぶ。ほんと、意志が弱いな自分。ここ最近ジェイドに流されてばかりだ。
「まあ、なるようになるさ」
だから、そんな顔しなくていいと、頭をなでる。それに、どうせ君も死ぬんだから、すぐに俺の心配なんてしている場合じゃなくなる。
世界は滅ばない。大丈夫だ。
「本当に、このまま一緒に来るのですか。このまま預言の通り一緒に来れば、あなたは」
イオンの言葉を、リオが手で遮る。イオンの肩がふるりと震えた。
「人の生死は詠んではならない、そう言う決まりでしょう」
「……そうですね。でも私は、あなたに生きていて欲しい」
「……会って間もない人間に、そこまで思うのは何故?」
「あなたなら、もしかしたら預言と違う未来を選びとってくれるかもしれないと思ったのです。預言に従うのではなく、利用するすべを知るあなたなら、あるいは、と」
「買いかぶり過ぎだと思うけど。俺は意志が弱いしね」
「もちろん、それだけではないんですよ?」
「他に何か?」
ジェイドにはあなたが必要です。
イオンの言葉に、ラドクリフは苦笑を浮かべた。
「悪い冗談だ」

まぶたの上から届く光に、リオは目を覚ました。
反射的に上半身を起こすと、隣で身じろぐ気配。
そちらへ視線を向けると、決して小さくはない体を丸めるように、リオに寄り添って寝るジェイドの姿があった。
こいつ、酔って人の布団に入り込んだな、とため息をつく。
明るい月明かりが、ジェイドの肌を白く照らしていた。
夢の内容は、もうはっきりとは思い出せない。ただ、イオンと交わした言葉の断片を拾い集めるだけ。
「……そろそろかな」
正直、イオンより先に死ぬと思っていた。
それなのに、今も変わりなくリオ・ラドクリフは生きている。一体いつ死ぬのか、気にはなっていた。
だから、イオンの夢は、何となく暗示のような気もして。
「……天にまします我らの神よ、願わくば」
痛くありませんように。


「……寝ないのですか」
「ああ、起きてたのか」
外を眺めていたラドクリフが振り返る。月に照らされた顔が、どこか希薄な印象を受けた。
「……ラドクリフ、私でなにか相談に乗れる事はないですか」
「ジェイド?」
しばらくの逡巡のあと、ジェイドも半身だけおこしてラドクリフの隣に座る。いくらか近くなった距離に、心臓の音が少しうるさくなった。
まるで心当たりがないとばかりに見つめ返してくる瞳に、気まずくなって視線をそらす。
思い過ごしではないと思う。最近の彼は、どこかおかしい。
ただ、いつも人のことばかりの彼のことは、誰が気遣ってくれるのだろうと思ったのだ。
いつも自分が彼に慰めてもらうように、自分も彼の力になれたら嬉しい。
それは、とても難しい事だとは思うけれど。
握る手に力を込める。
もう一度顔を上げて、先ほどよりも近い距離で視線をあわせた。
「何か、最近様子がおかしいですよ」
「……ああ、悪い、心配かけたか?」
「謝る事なんて……ただ、力になれる事はないかと」
優しい手が、いつものようにジェイドの頭をなでた。その顔に浮かんだきれいな微苦笑に、何故だか涙が出そうになる。
なにも話してはくれないのだろうか。
「本当に、何でもないんだ。ただちょっと、月を見ていただけだ」
静かにまぶたを伏せたその姿は、ひどくすっきりした表情に見える。
口を開こうとした時、いつかのように額にやわらかな感触を覚えた。
「明日も早い、もう寝よう」
腕を引かれて頭の中が真っ白なまま横になる。
もしかして、これは彼のおやすみの挨拶なのか? と前回の状況と照らし合わせる。
自然にこんな事をしてしまう所が、場慣れしているようで嫌でもあるし、そういう風に自分を扱ってくれることに嬉しさを感じたりもする。
矛盾ばかりだ、と彼の唇の触れた所に手で触れながらその感触を反芻した。