15 大丈夫
自分に対して乙女な態度をとるジェイドにはドン引きだが、他の人間の前では彼が自分から憎まれ役を買っている事は知っている。
何度も、ゲーム画面で彼らを見ていたのだ。
ジェイドの言葉はいつも他人を傷つける。でも、どんな時でも、誰にでも公平である事は確かだ。
リオは、唯一ジェイドだけは、ルークに対して一貫した態度を取っていたと記憶している。まあ、褒められた態度ではなかったかもしれないが。
つまり何が言いたいかと言うと、そういう点では、やはりジェイドが一番大人だと言う事だ。
だからたまには、誰かが彼の味方をするべきだ、と思うわけなのだが。
窓を開けて空を見上げる。
レムの塔では、行き場のないレプリカ達が明日までの短い時間を過ごしている。
彼らは、残るレプリカ達のために死を選ぶだろう。そんなに事態は切迫しているのだろうか、と頬杖をつく。
薄れた記憶は、細い糸をたぐり寄せるように頼りない。
外殻から溢れ出した障気を中和するためには、大量の第七音素が必要。
「大量の第七音素……」
心当たりなら一つある。ただ、また移動しなくてはいけなくなるが。
「まあ、人間一万人に比べたら現実的か」
あんまり手出しはしたくないのだが、このくらいなら良いだろう。別に結果が変わるわけではない。きっとアッシュもルークも救えない。
ただ、ほんの少しだけ、ジェイドの助けになるかもしれない、それだけだ。
きっと、ジェイドはうかつな発言をしてしまった事を悔いているだろうから。
あたりは静まり返っている。
眠れる者も眠れない者も部屋でじっと朝が来るのを待っているのだろう。今なら、誰にも気づかれずにここを抜け出せる。
そっと窓を閉めてリオは剣を腰に下げた。もう慣れてしまった重みは、なければ逆に落ち着かない。
出来るだけ音を立てないようにドアを押して廊下に出る。自分の考えがいかに甘いか、すぐに思い知った。
一体いつからそこにいた、ジェイド・カーティス。
「……ジェイド」
険しい顔をしたリオに、ジェイドは少し体を引いた。リオの表情から読み取れるのは、呆れ。
きっとこんな時間にこんな所に立っている事だとか、いつまでもドアをノックしなかった事だとか、そういう事を、彼はいいたいのだろう。だが、空気をふるわせたのは自分の名前一つ。
こうやって、リオ・ラドクリフはいつも言いたい事の半分も口にしない。
「……部屋に戻る前、なにか考えている様子だったので気になって……どこかいかれるのですか?」
「……散歩」
「嘘でしょう」
「ずいぶんはっきり言い切るね」
「すいません……でも、そう感じたので」
ため息をついてラドクリフが肩を落とした。それに思わず体がこわばる。こんなにも彼の一挙手一投足が気になる。全身で彼を意識していた。
「野暮用。明日は途中で合流するから、悪いけど朝は別行動させてくれ」
「ラドクリフ……わけは、教えてはくれないんですか……?」
「教えても良いけど、ジェイドは多分反対すると思うし……他の連中に知られると面倒だから」
「……レムの塔に行くんですね」
ずっと空を見ていた。
レムの塔でも、ここについてからも。ラドクリフはじっと視線を同じ方に向けて、何かを見ているようだった。
きっと自分以外の誰も気づいていないだろう。ジェイドの視線はいつも無意識にラドクリフを追った。
だから分かる。きっと彼はこれからレムの塔に行くのだろう。
「ジェイドは……人の言葉の裏を取るのがうまいね」
「一緒に行っては駄目ですか」
「大丈夫。俺一人で出来る事だから」
リオの手がいつも通りジェイドの頭をなでて、その隣をするりと抜けていった。遠ざかる足音。
振り返る事は出来なかった。
昨日はあれほどいたレプリカ達がたった一人になっていた事に、ルーク達は目を見開いた。朝から姿の見えなかったリオ・ラドクリフの姿もそこにある。
事の原因をすぐに悟ったアッシュはリオに掴み掛かった。
掴み掛かった、と言っても彼より背の高いリオは僅かに顔をしかめるだけだったが。
おちつけ、とその手をラドクリフがやんわりとどける。
その場に残っていたのは、ガイの姉のレプリカで、彼女はゆっくりと歩み出て、ルークの持つローレライの剣の柄にそっと手を重ねた。
「だめだ、お前一人では足りない」
吐き捨てるように言ったアッシュの言葉に、ルークはびくりと体をこわばらせた。
自分と同じレプリカ達を犠牲にはしたくない。でも、それでは第七音素が全然足りないのだ。やるせなさにほぞを噛む。
「私たちがいなくとも、この世界は滅ばない」
この男はそういった、と彼女が無表情のままに口を開いた。平坦な声。おそらく、まだ感情という物が不完全なのだろう。
レプリカにはオリジナルの記憶は引き継がれない。それはルークが一番よく分かっていた。
彼女の言葉を反芻する。
「ルーク」
名前を呼ばれて顔を上げると、ひどく優しい瞳でラドクリフがこちらを見ていた。
長い指が子供をあやすようにルークの頭を撫でる。
「大丈夫だ、第七音素のあてならあるから」
あて、と言うのが何なのか。その短い言葉の意味をルークは探ろうとした。一万人のレプリカに匹敵するような第七音素。そんなものが一体どこにあるというのか。雲の影が足下を移動して行く。
「……まさか」
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