12 側にいるよ

写真を飾る趣味は、リオにはない。
そもそも日本人の彼にとって、家族の写真を家中に飾るという発想はなかった。
それでも生前彼の両親が飾っていた写真はそのままに、けれども触れられる事もなくうっすらとほこりをかぶっている。
だいぶ色あせたな、と思えば彼らが死んでから初めてそれに意識的に目をやった。
軽くホコリをはらって、一緒に置いてあった形見の首飾りを手に取る。
いわゆるお守りのようなやつで、銀色のプレートには何かが刻まれていた。
同じものが二つ。リオが生まれる前から、二人とも身につけていたようだから、結婚前か、結婚したときにでもお揃いで買ったのだろう。
お揃いと言っても、よく見れば微妙に違うようだが、譜術らしきものが刻まれたそれは、リオにはただの模様に過ぎなかった。
母は、いずれこれがリオの物になるだろうと言っていた。今思えば、死期を悟っていた故の言葉だったのかもしれない。これが一体何のお守りなのかは、母は教えてはくれなかった。
「ねぇ、預言通りに死んでいくのは、どんな気持ちだった?」
あの日、預言通りに出かけたりせず、家にこもっていれば生きられたかもしれない。
両親が死んだのは、リオがまだ軍人になったばかりの頃だった。
預言で死ぬと、言われたわけではない。
ただ、分かってしまっただけだ。今の自分のように。
それでも、預言通りにすると決めた彼らは、そのとき何を考えていたんだろうと、今でもときどき考える。
父親の形見を首から下げて、見えないように服の中に突っ込む。金属が直に触れる感触に、一瞬だけ鳥肌がたった。
「……おはようございます」
「ああ、起きたか」
お互い、条件反射なのか、まだ早朝だというのにきっちりと軍服を着込んでいた。
「大したものは出せないけど、飯にするか」
何かあったか、と台所に向かうと、後ろをジェイドがついてきた。
座ってていいと言ったが、手伝います、といつもの殊勝な態度でついてくる。
まさかレプリカじゃないだろうな、とリオが思ったのはなにもこれが初めてではない。
むしろ常にそう思っているくらいだ。
「ああ、そうだ」
ちょいちょいと手招きすると、素直にジェイドが近づいてくる。
ジェイドの方が頭一つ分低いので、近くに立つと、自然上目遣いになるが、やっぱりどうひいき目に見ても可愛くはない。どうみても男だ。
その首に、母の首飾りをかけてやった。何のお守りかは知らないが、ないよりはマシだろう、という安直な考えだったわけだが。
縁結びとかだったら笑える、とありがちなオチを考えて、もうそうとしか思えない、と自分で自分の想像に落ち込んだリオ・ラドクリフである。
「……これは」
「母親の形見で悪いけど、やるよ。ないよりましだろ」
「そんな大事なものを貰ってもいいんですか?」
「別に、大事にとってても仕方ないし。使ってもらった方がおふくろも喜ぶよ」
「……ありがとうございます」
プレートを手に取ってじっと眺めたあと、少し長めのそれを、さきほどリオがやったようにジェイドも服の中にしまった。
その壊れ物を扱うかのような手つきに、苦笑が漏れる。
見た目はともかく、行動は可愛いんだよな、と思って、その思考回路にリオは戦慄した。
頭がどうかしている。
空腹のせいか、寝ぼけているせいか。さっさと飯を食って目を覚まそうと、リオはコーヒーを入れにかかった。

「名前で、呼んでくれませんか」
「名前?……カーティス?」
玄関先で深刻な顔をして告げたジェイドに、リオは必死に思考を巡らせた。
名前って言うと、まあ、もちろん「ジェイド」と呼べという事だろう。
激しく遠慮したい、とささやかな抵抗をこころみたリオ・ラドクリフである。
もちろん、こんな抵抗など意味がない。
なんせ、名前なんてジェイドかカーティスの二択なのだから、時間稼ぎにもなりやしない。ジェイドは確か養子だったから、あと一つくらいは呼び名があるかもしれないが。
ああ、なぜそこで突っ込むどころかひどく悲しげな顔をするんだ、ジェイド・カーティス。
というか、名前で呼び合うほど親しくなった覚えも、親しくもなりたくないわけだが、そこのところどうだろう。
わずかにうつむいたジェイドに冷ややかな視線を向けながら、どうしても呼ばなきゃ駄目か、とリオは口をへの字に曲げた。
もちろん、ジェイドがこちらを見ていないからできる芸当である。
しかし、これ以上黙っていると本当に泣き出してしまいそうなので、結局ジェイドの思い通り口を開いてしまうのだった。
「……ジェイド?」
ぱっと顔を上げたジェイドの表情が明るくなる。ああ、バラ色ってこういうのを言うんだな、と納得してしまうほどにその頬が鮮やかに色づいた。
男がやってもきもいだけである。
名前で呼んでくれとはいわれたけど、俺の事はラドクリフで良いから。断じて俺の事も名前で呼んで良いとか、そんな定番の台詞は口にしないから! とおそらくジェイドが期待しているだろう展開を一蹴する。もちろん心の中だけで。
子犬のような顔をされたらたまらないので、わざとジェイドの前を歩く。
後ろからついてくるジェイドの足音は軽く、察するに名前を呼ばれただけで満足してくれたようだ。
断りきれずに見送りなんてくるからこんな目に遭うんだ、と少し前の自分をのろった。
しかし、こんなのは序の口だと数時間後には思い知る羽目になる事を、リオ・ラドクリフはまだ知らなかった。