09 根拠のない不安
「一緒に、来てはくれませんか……?」
ほら来た、と隣に座るジェイドに顔を向けないまま、リオ・ラドクリフは目の前の肉を切り分けて、ジェイドの皿にうつした。
「私が行っても、役に立てる事はないと思いますけど」
ちろりとむけられたもの言いたげな視線に、ああ、また敬語になっていたか、と今の短い会話を振り返った。
どうにも、人目があると話しにくい。相手の方が上だと言う意識が働いてしまうのだ。
彼も伊達に軍人をやっていないと言うことだろう。
ジェイドには悪いが、もうしばらくはこれで我慢してもらうしかない。
ごめんなー、という謝罪の気持ちをこめて、頭をなでておいた。
後ろのテーブルに座っているルーク達の空気が張りつめすぎていて怖いくらいだ。妙に静かなのは、聞き耳を立てているからだろう。
うわなにこれ話しづらい。
「大佐、つまりこれは、仕事の話ですよね?」
「……はい」
「なら、答えはNOです。俺がこの先、グランコクマを離れることはありません」
「……もしかして」
「はい、非常に新鮮な預言の結果です」
背後でものすごい勢いでイオンが振り返っているのが、視界の隅にちらりと映ったが、もちろんそんなの気にしない。
死なない事が最優先である。
「なぜ……そんなに……!」
今にも泣きそうな顔を向けたジェイドに、後ろに退きそうになるのを理性でとどめた。
ここで退いたら、確実に泣く。
「っ……私が、夕飯の献立すらも預言に頼っている事は、あなたも知っている事でしょう」
宥めるように言った言葉に、ジェイドの顔が歪んだ。
彼が、預言を良く思ってない事は知っている。科学者ならば、預言に全幅の信頼を置けない事など、当然の事だ。
「それに、一応これでも上からの命令で動いていますから。勝手にここを離れるわけにはいきません」
ああ~、頼むから、こんな公衆の面前で泣いてくれるなよ、と頭を撫でてごまかしてみる。
ジェイド・カーティスは、こんな所で泣いていいキャラではないのだ。
撫でまわし作戦が功を奏したのか、なんとか目が潤んだ程度で持ちこたえてくれたジェイドに、ひとまず安堵して、この微妙な空気をどうしたものかと思案する。
そでをひいたジェイドに視線を落とすと、びみょーに頬を染めて目を潤ませた、本来なら異常にきゅんと来る表情で見上げていた。残念な事に、男にきゅんとする趣味はない。
「……何でしょう」
「ふたりで、話をしたいのですが……お時間をいただいても?」
「……あー、私は構いませんけど……」
ちらりと後ろのテーブルに視線を向けると、みな鳥肌を立てながら、こくこくと頷いていた。
どうやら、この一時的に頭がどうかしたとしか思えない生き物を撤退した方が良いようだ。
なんか、お守りをしている気分だ、と深く深くため息をついて、この中で比較的一般常識があるのは、と考えてすぐにその思考を放棄した。まともな奴なんていない、多分。
金勘定くらいは出来るだろう、と財布の中から取り出した札をガイに押し付けて、ジェイドの手を引く。
「じゃあ、ちょっとこの人かりていきます」
こくこくと頷いた子供達に、苦笑で返してリオは店をあとにした。
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