08 約束のかわりに
人の生死に関わる預言は、詠んではいけない事になっている。
「……つまり、私はこれから先あなた方とともに行動するわけですか」
「……ええ」
言葉を濁したイオンの頭を、大きな手の平が撫でる。それにびっくりして思わず顔を上げた。
そういえば、ジェイドの頭も撫でていたが、癖なのだろうか。
さり気ない仕草だったが、あの時は皆が目を丸くして口をぱくぱくさせていた。
「私はどこで死ぬんでしょうね、導師イオン」
彼の言葉に。言葉が詰まる。
「……それは……」
「ああ、人の生死に関する事は、詠んではいけないんでしたね」
忘れていました、と言った彼の顔は、すべてを理解しているようだった。
手を握りしめる。僅かに手が汗ばんで、無意識につばを飲んだ。
このまま自分たちと来れば、リオ・ラドクリフは死んでしまう、皆まで言わなくてもきっと彼には伝わっているだろう。罪悪感にイオンは顔をうつむけた。
リオ・ラドクリフの事はジェイドから少し聞いていた。彼は預言に忠実に生きている人だと、そう。
だからきっと、彼はこれから先自分たちと行動をする事になるだろう。
瞳を見られないように、イオンはそっと目を伏せた。
「ああ、そうだ」
もう一つ詠んで欲しい事があるんですけど、トーンをあげて言ったリオに、顔を上げる。
にこりと笑った彼は、まるで先ほどのやり取りなどなかったかのように、今日の夕飯の献立は? と首を傾げた。
「今日の夕飯は肉です」
「……イオンに詠んでもらったんですか?」
「ええ、非常に新鮮な預言です。と言うわけで、私はこれから夕飯をとりますが、大佐は如何致しますか?」
「もし、あなたが嫌でなければ、ご一緒させて下さい」
相変わらずのしおらしい態度に、ルーク達は気味の悪いものを見るかのように、遠巻きにそのやり取りを見つめた。
一体この二人、どういう関係だ。
いや、リオ・ラドクリフは至って普通の態度だろう。最初にジェイドの頭を撫でた事をのぞけば。
しかしジェイドの態度はどうだ。
まるで別人ではないか。かなり気持ちが悪い。素直なルークよりも気味が悪い。
そんなルーク達の心境を肌で感じながらも、リオに出来る事は苦笑を浮かべる事と、出来るだけジェイドに親しげな態度を取らない事くらいだった。
まあ、そういっても無意識の行動と言うのはなかなか自制出来るものではなく、数分後には開き直る羽目になるわけだが。
なにより、先ほどから非常にジェイドの機嫌がよろしくない。
怒ってくれるならどれほど楽だったか、と非常に悲しげなジェイドにリオは遠い目をした。
「あの、その話し方はやめてくれませんか」
今はプライベートです、というジェイドの僅かに伏せたまぶたを上から見ながら、ふと、リオはそれに気づいた。
すっと指をのばしてその顔から眼鏡をはずす。
レンズ越しにジェイドの顔を見つめて、自分の考えが正しいことを確信した。
「なんだ、度が入ってなかったのか」
「それは、譜力を制御するためのものなんです」
「へぇ……そういえば、その目、譜眼だったな」
それならかけてないとまずいのでは、と思いいたって眼鏡を返す。何の話だったか、と記憶を辿った。
「あんたこそ、年下に敬語なんて使わなくてもいいですよ」
「私のこれは、癖のようなものですから……」
言われてみれば、ルークたちにも敬語か、と別にあまりこだわっていたわけでもないので、その話題は打ち切った。内容が気持ち悪い事この上ない。
ついでに、ルーク達の視線が痛い。突き刺さるようだ、いや、突き刺さっている。
気にしたら負けだ、と自分を叱咤して、リオは背を向けた。
それにいそいそとついていくジェイドにドン引きしながらも、ルーク達もあとに続く。
そんなルーク達に、ついてくるなとばかりにジェイドが鋭い視線を向けたのは、リオ・ラドクリフのあずかり知らぬところである。
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