03 わずかな眩暈

ジェイド・カーティスとリオ・ラドクリフの出会いは、実に偶然の出来事だった。
久々の休暇に、朝から何も食べ物がない事にため息をつきながらも重い体を叱咤して、ジェイドは外に出た。
その日はとても晴れた日で、太陽が容赦なく肌に照りつけ、目の前を水たまりが逃げていくような、そんな夏の日だった。
過労と寝不足と言うダブルパンチをくらっていたジェイドの目の前が揺れるのは必然で、そして不幸にもそこに通りかかったお人好しな人間がひとり。
気がつけば日のあたらないベンチに座らせられていた。
「大丈夫か? 顔色が悪い」
「すみません……すこしめまいがしただけです」
立とうとするジェイドを制して、男が水を差し出した。
のどが異様に乾いていることにようやく気づいたジェイドは大人しくそれを受け取って口を付ける。
冷たい水が、乾いたのどを刺激して、軽く咳き込んだ。
「ああ、慌てるなって、ほら」
わざわざしゃがみ込んで視線を会わせた男がハンカチをさしだす。一瞬躊躇して、ジェイドはそれを素直に受け取った。
こんな風に、普通に世話を焼かれた事などない。感じた事もない妙な気分だった。でも、嫌ではない。
「歩けるか? 家まで送っていこうか」
「……そこまでご迷惑をかけるわけには……もうめまいも収まりましたし」
「そうか?」
心配そうな顔で首を傾げる男性に、ジェイドはにこりと笑ってみせた。
通りすがりの人間にこれ以上迷惑をかけるわけにはいかないと、何故かそのときは良識的な考えが働いた。
「もうしばらく、ここで涼んでから行くと良い」
「はい、ありがとうございます」
長い、節のある指がジェイドの頭をなでる。その不意をついた行動に、ジェイドは全く反応出来ず、目を丸くした。
遠ざかる男性の背中を眺めながら、手の中に残った彼のハンカチに、ああ、返しそびれてしまった、とぼんやりしながら視線を落とした。
1年以上たった今でも、それはジェイドの部屋の引き出しにそっとしまってある。