世間の狭さを知った日曜日

14th day-Sunday

約束通り映画を見たあとは、妹の買い物に付き合って、ずっと入ってみたかったと言うわりとおしゃれなカフェに入った。
ずっと入りたかったのなら、さっさと入ればよかったのに、というと、一人じゃ入りづらいの! と言われてしまった。
そんなもんか、女って分からん。


「雅仁君、一口ちょうだい」
「ん」
お互いに違うケーキを頼んだので、交換とばかりにフォークを突き出した。
それをためらいも無く菜摘が口に含む。。
もう高校生なんだよなぁ、とつい最近まで中学生だった妹を見遣った。
「あー、幸せ」
「そりゃ、良かった」
「はい、雅仁君もどーぞ」
兄ではなく雅仁君、と菜摘が呼ぶのは小さい頃の名残だ。その呼び方が何となく幼く感じる。
差し出されたフォークを雅仁も口に含んだ。
甘くて軽い味が口の中に広がる。うん、うまい。
「雅仁君の方が美味しいね」
「交換する?」
「あと一口ちょうだい」
「ん」
べつに、俺はどっちでもいいんだけど。どっちともうまいし。
先ほどと同じようにフォークを突き出す。それを口に含んだ菜摘が満足そうな笑みを浮かべた。
「可愛いバッグも買ってもらったし、妹は満足です」
「どういたしまして。靴も欲しいんなら買ってやったのに」
「それは今度の楽しみにとっておくんだよ」
「たまには彼氏に買ってもらえって」
「彼氏なんていないもーん」
それは、そんなめちゃくちゃ笑顔で言うことか? と雅仁は苦笑を漏らした。
「……自分ら、ちょっと仲良すぎちゃう?」
菜摘はフォークをくわえたまま、雅仁は紅茶に口を付けながら声のした方にそろって顔を向けた。
あ、紅茶もうまい。
「えーと、ヤシロ、だっけ」
無言でうなづいたヤシロに、偶然だな〜と笑いかけると、なんだか微妙な顔をされた。
「偶然、っちゅーか、外から見えたから、つい」
「……社君て、雅仁君のこと好きなの?」
「ちゃうわ!」
「ものすげー否定されるとそれはそれで凹むんだけど」
「凹むな!」
「おおー」
奇しくも、菜摘と声がはもった。おそらく二人の考えていることは全く同じだっただろう。
ほんとに突っ込むんだ、と。さすが大阪。
「ま、突っ立ってんのも目立つし、座れば」
隣の席を手の平でポンポンとたたいて示す。静かな店内で社の声は意外と響いて人目を引いていたので、それに気づいたヤシロも少し気まずそうに腰を下ろした。
「社君て、雅仁君とどういう知り合いなの?」
「……東京で、一度碁を打ったことがある」
「ご?」
「囲碁や、囲碁」
「あ、そういえば、社君てその道のプロなんだっけ? でも雅仁君は碁なんて打てないよ?」
「菜摘」
おかしい、と首をひねる菜摘に、視線だけでサイを示す。わずかな視線の動きだったが、意味は十分に通じたようで、眼をまんまるにしていた。
「めずらしいね」
何が、とは言わなかったが、妹の言いたいことは何となく分かった。
家族の中で父と自分だけは鈍感を通り越して、霊感ならぬ零感なのだ。言葉を聞くことはもちろん姿を見ることも、気配を感じることさえもなかった。
だから、俺がサイと意思の疎通を図れていることが菜摘にしてみれば信じがたいことに違いない。
「……ホント、自分ら仲ええな」
短いやり取りのせいか、ヤシロが呆れたように言う。その言葉を大阪に来て何度聞いただろう。
仲は、まあ確かに良いと思うが、それよりも。
「付き合いの長さじゃね?」
「ねぇ?」
菜摘とは1つしか年が違わない。いわゆる年子というやつで、他の兄弟に比べれば双子には劣るが付き合いは長い。とくに、菜摘からしてみれば生まれた瞬間から雅仁は兄だったのだ。
「それより、自分いつ帰るん」
「今日だよ」
「今日!?」
「明日は学校なんだから、当然だろ?」
「いや、そらそうやけど……」
あまりにゆっくりしているので、しばらくはこちらにいるのだとばかり社は思っていた。
碁を打ちたい、とうずうずしだした社にめざとく気づいたのは妹の菜摘で、すぐに釘を刺した。
「あ、駄目だよ社君。今日は雅仁君は私と遊ぶんだから、碁なんて駄目」
ひどく真剣な顔で言われて、社は少し身構えた。そのやりとりに雅仁が苦笑を浮かべて宥めるように社の肩を叩く。
「そういうこと」
そこに、なにか言葉の無いやり取りを感じて社は少しむっとした。
「やっぱ仲ええやん……東京行ったときやったらええやろ?」
「暇だったらな。つか、別に俺とじゃなくてもあっちに知り合いとかいねーの」
「知り合い……進藤ヒカルとか塔谷アキラとか……知らへんよなぁ」
社は、あまり東京に知り合いがいない。そもそもあちらへ足を運び出したのが最近なのだ。
いや、そもそも今はそういう話ではなく、雅仁と碁を打ちたいという話をしていたはずなのだが。
まともに相手をする気が無いだろう、と恨めしい視線を向けると、頬杖をついたまま雅仁が虚空に視線を向けた。
「……なんか今世間の狭さを知った。その二人なら知ってるよ」
心配しなくても、また会えそうだな、と雅仁は冷めた紅茶を飲み干した。