夏の終わり、移ろうもの

side-b

行きの列車の中では、案の定キングとブラック、ポッターに唯は捕まっていた。締め切ったコンパートメントの奥の席に追いやられては逃げ場もない。
もちろん唯とてこの展開はある程度予想していたので、それほど驚いてもない。流石に3人同時になだれ込むように入ってきた勢いには少し引いてしまったが。
向かいにキング、その隣にはポッター。唯の隣にはブラックが、特に相談する様子もなく腰を下ろした。前回と同じ配置だ。
「おはよう、唯」
尋ねたいことがあるはずだが、淑女の礼としてかキングは艶やかな笑みを浮かべていつも通り挨拶をした、それにつられるように全員軽く挨拶を交わす。
ひととおり落ち着いたところで、キングがにやける口元を隠すように軽く手を添えた。
「見たわよ〜、お別れの熱い抱擁」
その様子に他の二人の顔を見るとポッターはニッコリと笑みを浮かべ、ブラックは気まずそうに視線をそらした。どうやら、デバガメされていたらしい。
いつもアルファードは人よけの魔法をかけているが、あれは意図的に向けられる視線には効果がない。
つまり、この3人は自分が来る前に合流し最初から様子を伺うつもりだったのだ。
何もこんなところに情熱を燃やさなくてもとは思うが、どうせ言い出したのはポッターあたりだろう。それに嬉々として乗っかったキングに、しぶしぶながらも好奇心に負けたブラック、といったところか。三者三様の表情に、唯はそうあたりをつけた。
「……別にめずらしい事ではないと思うけど」
これに関しては、そこかしこで似たような風景が見られるので、いくら唯が日本人といえどそこまで大きく認識がずれているわけではないはずだ。もちろんマルフォイやキングのように純血の家庭はそれに当てはまらないのかもしれないが。ブラックもそう言うことをするようなイメージはない。ポッターはしそうだ。
特に動揺も見せず平坦に返した唯に、ポッターは面白くないとばかりに口を尖らせた。
「……唯は、その」
言いづらいとばかりにブラックが言葉を切る。そこに続く言葉はなんとなく予想がつくが、唯はあえて何も言わなかった。アルファードとの関係性を問い詰められた時の対応は決まっているが、唯がうまく表情をとりつくろえるかは分からない。
自分から藪をつつくような真似はしたくないのである。
いつまでもまごまごとしているブラックにしびれを切らしたのか、ポッターが口を開いた。その顔は好奇心で爛々としている。
「ねぇねぇ、唯はシリウスの伯父さんとどう言う関係なの? 恋人?」
危うく吹きそうだった。気持ちを落ち着けるために窓の外に視線を向ける。淑女らしからぬ振る舞いをしてしまうところだった、危ない危ない。淑女かと問われれば首をかしげるところだが、長いことキングやマルフォイなどと一緒にいたせいもあって、あまり下品な行いはできないし、何よりアルファードとつながりがあることを知られた今、下手なことはできない。
「あれ? そこで視線をそらすってことはもしかして恋人?」
面白いネタを見つけたとばかりにポッターの目がさらに輝く。いつまでも現実逃避していては、あることないこと誤解されそうだ。
「……はぁ。あまり突拍子のないことを言わないで、びっくりするから」
「え〜、そんな変な事でもないと思うけど?」
「おかしいわよ……普通に考えて、ないでしょ。いったい幾つ年の差があると……というか私、未成年だし、こんなちんちくりんに手を出さなくても選り取り見取りでしょ、アルファードさんなら」
あ、言ってて悲しくなってきた。いや、正確には全然未成年ではないんですけど。というかアルファードさんって幾つなんだ。
今更ながらに正確な年齢を知らないことに気づいて、頭を抱えそうになる。
ついでに、いささか寂しい自分の胸元に視線を落としてため息が出た。
「唯、全然、まったく、ちんちくりんじゃないから落ち込まないで? ね? ブラックもそう思うでしょ?」
どんよりと落ち込む唯に慌てたようにキングが声を上げる。急に同意を求められたシリウスは、しどろもどろになりながらも頷いた。
「いいのよ、ブラック……自分が子供体型だってちゃんと分かってるから……」
「いや、子供体型では……その、十分魅力的だと思う」
意外な言葉に顔を上げる。思いがけず真面目な顔で、目をそらしもしないブラックにいささか面食らった。どちらかといえば、面と向かって素直に女性の容姿を褒めるタイプではないと思っていたのだが。
「あ、ありがとう」
魅力的、などと20数年生きてきて一度も言われたことはない。流石に恥ずかしくなってそっと視線を外した。
ずいぶん年下の男の子に気を遣わせてしまった。これではどちらが年上か分かったものではない。
ジェームズはそのなんとも初々しいやりとりにからかいたくなる口を必死に抑えながらニコニコと笑みを浮かべていた。正直、ジェームズにとってもシリウスの反応は予想外だった。自覚があるのかないのか、いままでシリウスは唯に対してろくにアプローチできていなかったので、休みの間に何か心境の変化でもあったのかもしれない。それとも、あの日アルファードに唯が連れていかれる光景に思うところがあったのか。いずれにせよ、なかなかに面白い状況だ。もちろん、友人としては全力でシリウスを応援する次第である。
「それで、話をもどすけどさ」
「戻すんだ……」
「もちろん」
大変いい笑みを浮かべたポッターに、唯はため息をひとつ。うまく表情をとりつくろえるといいのだが。
「……アルファードさんは、私の父の古い友人で、その……両親が亡くなった後私のことを引き取ってくれたの。といっても、半分は私が押しかけたようなものというか、拾ってもらったようなものというか、そんな感じなんだけど」
とぎれとぎれに話した唯の言葉に、一瞬コンパートメントの中はシンと静まる。
「唯、親戚とかはいないの?」
「ええ、いないわ」
意図的なこととはいえ、あまり深刻に取られると肩身がせまいというか、罪悪感がわくというか。唯は視線を膝の上で組んだ手に落とした。
今回の駅でのお別れは、すこし長めだった。なんだか離れがたく、唯は少し強い力でアルファードの首に両腕を回した。
いつもより近い体温。髪は短くなってしまったため触れる感触はわずかに違う。
ぽんぽんと安心させるように背中を撫でたアルファードの手のひらは大きく、少しだけ不安が和らいだ。腰に回された腕で抱き寄せられ、いつものようにその頰に小さくキスを送った。
唯の瞼にキスを落としたアルファードに、もう一度抱きついてその体温を堪能した後、唯は列車に乗った。今思えばどうかしている。思い返せば羞恥で叫び出しそうになる記憶を振り払い、意識をもう少し過去へ。
アルファードとの出会いは、霧の立つ夜の街。路地から伸びる枯れ木のような老婆の腕。無意識に手を握りしめる。
「……私、あの日アルファードさんに見つけてもらえなかったら、きっと」
生きてはいなかった。生きていても、ろくな目にはあっていなかっただろう。あの老婆が、親切心で唯に手を伸ばした訳ではないことくらい、平和ボケした日本人である唯にだってわかる。
あれからずっと、アルファードは唯の面倒を見てくれているし、よくしてくれる。それに報いるすべが、唯にはない。
思考が過去に飛んでいた唯は、この時自分がどれほど深刻な表情を浮かべていたか気づかない。そしてまわりがそれをどう受け止めるかも。
両親が亡くなった、という言葉でこのご時世普通の死だと思うものは少ない。特に、純血は。
二人同時になくなるなど、少なくとも病死や自然死ではありえないからだ。くわえて闇の陣営の動きも活発であり、そういう事例はそこそこ耳にする。親戚が一人もいない、というのもおかしな話だ。
そして、最後の唯の言葉から、彼女が単純に生活に困ってアルファードの元に来たわけでもないことくらいは想像がつく。何かから逃げていた、というのが妥当なところだ。
口には出さないものの、3人の思考は奇跡的なまでに一致した。ただの勘違いだが。
「唯、辛いことを思い出させてごめんなさい。もう十分よ」
そっと膝の上で握りしめていた手をとって、キングは唯の注意を引いた。虚にさまよっていた視線が、夢から覚めたようにキングに向けられる。
「あ、平気。もう5年も前の話だもの。気にしないで」
両親がいないのも、親戚がいないのも本当だが、そう深刻な理由ではない。気まずさにぎこちない笑みを浮かべて唯はかぶりをふった。
慰めるように肩を撫でたブラックは、詮索して悪かったと呟くように謝罪を口にし、空気を変えるようにポッターがお菓子を広げたところでこの話は流れた。緊張から伸びていた背筋が丸くなる。あまり嘘はうまくない。今日一番の仕事をやりとげて、唯はようやく身体中に入っていた力を抜くことができたのだった。

教師用のコンパートメントで狼の姿となったアルファードは落ち着きなく狭い場所を動き回っていた。本当は唯のところに行きたかったのだが、この姿で一人歩き回るのはいらぬ混乱を招く。
前回みたいにユリシーズと一緒に行けばいいだけの話ではあるのだが、彼は思っていることが全て顔に出る。念の為同席しないことにしたのだ。それでもやはり気になるものは気になるわけで。
「おい、アルファード、落ち着けよ」
「分かってる」
ユリシーズの言葉に、座席の上に飛び乗って丸くなったものの、その耳や尻尾はせわしなく動いている。相変わらずの過保護っぷりに、言葉も出ない。
ユリシーズとしては、そう心配しなくても唯ならうまくやれるだろうと思うのだが。なんだかんだ言って、ポッターやシリウスより年上であるし、この年頃は男より女の方が精神的に進んでいる。
そして、年代問わず男というのは女に口でかなうはずがないのだ。
忙しなくパタパタと尻尾を上下させるアルファードに、ユリシーズは静かにため息をついて口を開いた。自分がこの友人に対して甘いわけではない、こうも落ち着きがないと面倒だから仕方なく譲歩してやるのだ、と誰に対する言い訳か分からないことを心中で唱えながら。
「……もう動き出して30分は経つし、流石に話もついてるだろ。様子を見に行くか?」
ユリシーズの提案にピン、と灰色の耳が立つ。ゆらりと控えめに尻尾が左右に揺れた。アルファードがこの容姿になってよかったことの一つは、この分かりやすさだろう。おそらく家柄的なものだろうが、本来アルファードはあまりころころ表情が変わる方ではない。そうだな、と声だけは平坦に返すアルファードの焦燥に、ユリシーズは気づかないふりをしてやった。
アイリーンがいれば、そういうところが激甘なのだと指摘したところだが、幸いにして誰もこの状況を見ていない。
トランクを持って立ち上がると、アルファードが座席から降りてその後に続く。
通路を歩いている間、時折すれ違う生徒たちは、新入生ならアルファードの姿に身を見開き、上級生なら軽くその背を撫でていった。短い期間とはいえ、目立つ容姿だ。それなりにホグワーツに馴染んでいるらしい。
和気藹々とお菓子を広げる姿をようやく見つけ、ユリシーズは軽くノックをして戸を引いた。アルファードがするりとその隙間を通り抜けて、唯とシリウスの間にいささか強引に割り込む。唯は嬉しそうにその体に手を伸ばし、ブラックは少し嫌そうにその場を譲った。実に対照的な表情だ。
大人気ない、と内心で呆れつつ、お邪魔していいかな、と声をかけて自分はポッターの隣に腰を下ろす。
「ごきげんよう、ベル先生」
「はい、こんにちは。ごめんね、水入らずの再会のところにお邪魔して。アルファが早く君たちに会いたかったみたいで」
「君たち、というか唯ではなくて?」
ふふ、と上品に口元を隠して笑ったキングに、ですよね、分かりますよね、と同意しつつ、顔では曖昧な笑みを浮かべておく。
そんなやりとりなど一切気にせず、唯はその毛並みを堪能するように首元に顔を埋めている。
「……あー、かわいい……もふもふ」
「唯、語彙が死んでるわ、戻ってきて」
「この首回りの毛が最高に気持ちいいのよね……」
どこかうっとりとした表情で撫で回す唯に、アルファードはごろごろとのどを鳴らしている。アルファの正体を知っているユリシーズだけがいたたまれない空間の出来上がりである。
「4人とも、夏休みは有意義に過ごせましたか?」
気持ちを切り替えて、場を和ませようと口を開く。内容が教師らしくなってしまうのは、生徒に囲まれると致し方ないことだ。
楽しそうに家族で避暑に行っただの、マグルの街に行ってきただのと口を開くキングやポッターとは対照的に、まぁ、と短く返事をしたのはブラックだ。学生時代のアルファードを知っているユリシーズは、その全く同じ反応に苦笑を禁じ得ない。
「唯は? 」
キングの問いかけに、曖昧な笑みを浮かべた姿に、ユリシーズは内心首を傾げた。そういうことに気の回らないアルファードではないはずだが。
「楽しくは過ごしたけど……有意義かって言われると、ちょっと」
聞き耳をたてるようにアルファードの耳は二つとも唯の方に向けられている。
「ずっと思ってたけど、ホグワーツって課題が少ないのね? 時間を持て余しちゃって……」
唯の言葉に、他の3人が信じられない、という表情を浮かべた。ユリシーズも同じ心境である。
ホグワーツの課題が多いか少ないか、なんていう話ではない。本来イギリスの学校というのは休暇に課題なんて出さないものなのだ。ユリシーズですら、ホグワーツの休暇中の課題は多い、と認識していた。
「え、ちょっと待って。どういうこと? 唯って夏休み、ホグワーツに入る前はもっと課題が出てたってこと?」
「え、みんな違うの? だってホグワーツって、課題の出てない科目のほうが多いし、一番多い魔法薬学でもレポート3つよね?」
日本で言えば大半の科目は課題が出るし、量もレポート3つなんて可愛ものではなく問題集1冊、とかだ。
特に高校はばりばりの進学校だった唯は、主要科目である英語、国語、数学に関しては1冊なんて可愛いものではなかった。加えて、お盆期間を除いては課外と言う名の授業がみっちり詰まっていて、実質休みなどなく、日々の予習復習宿題をこなしながら、夏休みの課題は別に仕上げるという状況だったのである。ホグワーツの課題など、大変可愛らしいものだ。
「クレイジーだわ……」
「そんな大げさな」
「それは休暇とは言わない……」
「そうだよ、唯。遊ぶ暇どころか、寝る暇もないじゃないか」
「大げさよ、ポッター。少なくとも4時間は眠れるし、夜更かししなければ6時間眠れるわ」
「唯、成長期にその睡眠時間の短さはどうかと思うよ。8時間は寝なさい」
ドン引きしたらしいキングの様子に、唯は呆れたようだが、残念ながら唯以外は全員引いている。ユリシーズも思わず口を挟んでしまったくらいだ。
「8時間って……先生、さすがに子供でもそんなに長い時間寝ないと思いますよ?」
「あ、この子あきらか寝てない。すいません、同室のキングさん、どういうことでしょうね?」
「私の目が行き届かなくて本当に申し訳ありません。そう言えば、いつも私が起きるころには支度を終えて勉強したり、手紙を書いたりしていますわ。まさかそんなに早起きしてるなんて思わなくて……」
「え、ちょっと待ってください。なんだか三者面談みたいに……ポッター笑ってないで止めて」
「ちがうよ、これは笑ってるんじゃなくてドン引きしてるんだよ?」
「やめて、アルカイックスマイルやめて」
なぜだ、気がつけば孤立無援になっている。べつに6時間睡眠などそう珍しいことでもないだろうに。社会人になれば6時間きっちり眠れる人の方が少ないのではないだろうか。べつにショートスリーパーなわけではないが、4時間眠れればさほど辛いと言うこともない。それに、この世界に来てからはきっちり6時間眠っている。夜10時に眠れば、朝4時に目が覚めてしかるべきだろう。どちらかと言えば夜型なので、12時に寝て6時に起きるのが唯の理想ではあるが。
寮生活では、一人だけ遅くまで起きていると周りに迷惑をかけてしまうため、致し方なくだ。
助けを求めてブラックの肩をゆすると、短く「寝ろ」との言葉を頂いてしまった。
「ええ……もう味方はアルファしかいないのね」
腑に落ちない……。ふさふさの毛皮とその奥にある高めの体温。狼って思ったほど獣臭しないんんだなぁ、と鼻先を埋める。
思い返せば、前半はほとんど家の中でまったり過ごしたが、後半はマグルの街に出かけたり、新年度の買い物をしたり、ダンスの練習をしたり、それなりに盛りだくさんだった。
「うん、有意義、有意義に過ごしました」
「唯? さっきと言ってることが違うわよ?」
「いや、まあ……勉強に関しては、ね。他は、うん、ずっと一緒にいれたし」
「やだ、この子かわいい」
いい子、いい子、と頭を撫でてくるキングに、キングこそさっきと言ってること違う、と内心で返しておいた。自分から蒸し返すことではない。
「叔父さんと……その、仲がいいんだな?」
「仲がいいと言うか……紳士的な方だし、優しくしてもらってるわ」
「お、おう……」
「ブラック、ブラック、聞き方が悪いわよ」
「そうだよ、シリウス、もっとストレートに聞かないと! 今のはお前が悪い」
頭上で小声で交わされるやりとりに、視線だけをちろりとあげる。この距離で聞こえないと思っているのだろうか。どうやら返答を間違ったらしいが、ポッターが言うようにブラックの聞き方の問題だろう。
思えば、行きの列車がこんなに賑やかなのは初めてだ。今年1年、賑やかになりそうだなぁ、と唯は笑みをもらした。


クリスマスパーティーうんぬんは適当設定……ただいちゃいちゃさせたかっただけですョ。