00...Daybreak

「金返せ」
「………久しぶりに会った仕事仲間にかける言葉がそれ?」
「久しぶりでもなんでも、いい加減返せ俺の7億ジェニー」
顔を合わせて開口一番そう言った男に、葵は冷たい視線を送ってやった。
まぁ、そんなのがこたえるようなかわいらしい相手ではなかったが。


彼の印象を一言で言うなら、万能。
ジン=フリークスにとって、葵=向日はそういう感じだった。
年の割りに落ち着いた、貫禄があるとでもいうのだろうか。葵に任せておけば大丈夫だという感じがするのだ。
日ごろは淡々としているが、「なんとかするよ」といえば本当に何とかしてしまう、そういうイメージがあった。
慌てず騒がず受け流す。
若いながらも仲間内では何故か一目置かれる存在だ。
別に、とりわけ真面目であるとか、そういう訳ではないのだが(むしろ不真面目だ)。
たまに鬱っぽい所が欠点といえば欠点か。
一面のひまわりの中で、黒い頭がぽつんと見える。
「なんかここのひまわり、前見たときより巨大化してない?」
不意に振り返った葵が、自分の背ほどまでに伸びたひまわりを撫でた。
今でこそこうして一面を埋め尽くしているが、絶滅寸前とまでされた種のひまわりだ。
一際鮮やかな黄色に、首をもたげてしまいそうな大輪。
ベルベットのような感触の花びらが、細かに太陽の光を反射する姿がみずみずしく美しい。
3年前に人工栽培に成功したそれは、少しずつ規模を拡大し、今に至る。
栽培の初期にはジンもかかわったが、一番の功労者は葵だろう。
彼の念は、植物を育てるのに特化しているめずらしいものなのだ。
今はもうこの仕事からは離れてしまったが、彼がいなくなってからも、彼の植えた苗が何度も咲いては種を生み、枯れることなく育っている。
「お前の育てた苗だからな。毎年ちゃんと咲いてるよ」
「そう、良かった。枯れたら、もうそれでお終いだからね」
俺でも助けてあげられない、と恭しく花に口づけるその姿は、どこかの絵のようで、ジンですら目を奪われそうになる。
いやいやしっかりしろ俺!相手は男で仕事以外では性悪な奴だ!
ジンはぶるぶるとかぶりを振った。
「こんなに大きいのに、毎年多くて2つ3つしか種が取れないんだから、不思議なもんだ」
神聖な空気を打ち砕くように、わざと声を上げる。
すぐに、いつもの空気が帰ってきた。
「まぁ、寿命の長い種だからね。動物と同じで、きっと植物も寿命と繁殖力は反比例するんだろ」
適当に発したジンの言葉に、葵は比較的まともな答えを返す。
ただの推測に過ぎないが、それもそうか、とジンは納得した。
ふと葵の横顔を眺めて、その耳についた石に気付く。
「前のピアス、変えたのか」
「ん? …ああ、アレか…捨てちゃった」
こともなげに言ってのけた葵に思わず苦笑が漏れた。
ピジョンブラッドの大粒のルビーだったというのに。
その言い方が彼らしいといえば彼らしい。
「別れたのか?」
そういえば葵の難点は、男の趣味が悪いことだったと、今さらながらに思い出した。
別に男も女も気にしてはいないようだが、男のほうが多い気がする。
そして、大抵ろくな相手ではないのだ。
葵いわく、別に恋人じゃなくて「パトロン」なんだから、金持ちじゃないと意味がない、らしい。
「とっくの昔にね」
「よくやった。それは、新しいパトロンにもらったのか?」
「いや、うーん。パトロンではない、かな」
その言い方に、色恋沙汰には疎いジンもピンと来た。
「幼馴染か?」
「………まぁ」
めずらしく言いよどむ葵の頭を、わしわしと撫でてやる。
滅多に見られない年相応で、どこか幼い反応が可愛かった。
髪がぐちゃぐちゃになるのも気にしないのか、葵は撫でられるままだ。
葵の幼馴染の話は何度か聞いたことがある。
言葉の端々から葵の想いがにじみ出ていて、よっぽど好きなんだなと思う。
相手も男だから、なかなか報われない想いだろうが、そのいじらしいまでの一途さに、彼の幸せを願ってやまない。
「うまくいくといいな」
「………無理だよ、そんなの」
ポツリと呟かれた言葉に眉根を寄せる。
葵の視線は花びらから太い茎をたどって地面へ。
形を成すことなく朽ちていった種の残骸を見つめ、
身をかがめて汚れるのも構わずそれらを土に埋める。
まるで埋葬のようだと思った。
ぽんぽんと軽く土を叩き、何かを引き上げるように掌をすっとかざす。
幾ばくもしないうちに小さな芽がするりと顔を出した。
「いつ見ても、見事なもんだな」
「ありがと」
掌をパンパンと払いながら葵が立ち上がる。
確か、オーラを植物ホルモンであるオーキシンやサイトカイニン…とか何とかに変化させてるとか、そういう原理だったように思う。
実際には他にも色々制約等があって、ここまで爆発的に成長させることが出来るのだろう。
「…俺ねー、捨てられちゃったみたいだ。やっぱり、そうそううまくはいかないね」
そういって自嘲気味に笑った顔が、泣いているようで顔も知らない幼馴染とやらに無性に腹が立った。
「だからねー、俺ももう、あんな奴知らない」
今度は、めずらしくにっこりと笑って明るく言った葵の心裏を、ジンははかりかねた。
そんなジンには構わず、葵はひまわりに合わせて東の空を仰ぐ。
そしていつものように静かに笑ってジンへと顔を向けた。
「もう、待つのはやめようと思って。俺は俺の好きなように動くよ」
「…そうか」
「うん」
幼馴染との間にどんなやり取りがあったのかは知らないが、いろいろと決心がついたようだ。
自分の中で何か決着がついたのか、どこか清々しくもあった。
「まぁ、どうにもだめだったら、俺が養ってやるさ」
「えー…俺もっとイケメンがいいなー…」
「こいつ、ヒトがせっかく情けをかけてやってるのに…!!」
「あはは」
「ったく…これからどうするんだ?」
ジンの問いに、葵が再び東の空へ視線を向ける。
日が高く、もうすぐで中天へと届きそうだった。
「ま、とりあえず東にでも行こうかな。また仕事でもしながらぶらぶらするよ」
仕事といっても、念の性質上葵はボランティアか国家レベルのプロジェクトが主、という両極端なものだだ。
共通して言えることは、どちらも稼ぎがよくないところか。
それでも名前こそ知られていないが、実は二つ星ハンターだったりもする。
どんなに大きな仕事でも気負いなくやって見せるところは神経が太いのかなんなのか。
まぁ、前向きになってくれたようで良かったと、ジンの顔に思わず笑みが漏れた。
何を隠そう、幼馴染に会いに行けとたきつけたのはほかならぬジンだったから、一応気にかけていたのだ。
「なんかあったら電話しろよ。あと、機会があったらまた一緒に仕事しようぜ」
「えー…ジンはうるさいから、鬱になる暇がないんだよねー」
「何だそりゃ」
ま、いい話があったら誘うよ、と葵が笑って、それが合図であるかのようにひまわりの中を歩いていく。
少し行った所で、葵が何かを思い出したように振り返った。

「ジンー、金貸して」


笑える死にネタをコンセプトに始まった「ひまわり」ですが、一応ハッピーエンドです。
どこが!? と思われる方は「東」のあたりにハッピーを感じ取ってください。

ここまでお付き合いいただいた方、ありがとうございました。

最初と最後の台詞を指定して10題
1)「金返せ」→「金貸して」