晴れ時々雷雨。その弐拾伍
水と光のスペシャルショーは夜間の方が映えるらしく、観覧車に乗るのは暗くなってからがオススメ、と言うことで。尚樹達は一通り回った後、当初の目的通り水族館を訪れていた。
一応、リニューアルオープンの目玉の一つらしいので、イルカショーにも足を運んだ。目玉というだけあって、大変芸達者な感じで良かったのだが、尚樹的にはその後のまったく芸達者でないペンギンのショーのほうが気に入った。
誰も飼育員の言うことを聞いていない上に、はい、上手に出来ましたね、の一言で全て出来たことにする飼育員もなかなかいい性格をしていた。
「ペンギンかわいいねぇ」
「自由やったなぁ」
「芸を仕込むにはあんま向いてないんだろ、多分」
外の会場から館内に移動すると途端に暗く感じる。だいぶ照明を絞っているようだが、水槽の中は明るいのできっとこの方がよく見えるのだろう。
仄暗い館内で、光に透けるクラゲを眺める。水面の影が床に落ちて、水中にいるようだ。
大きい水槽を悠々と泳ぐエイ。ゆるりと環流するサメは、周りを泳ぐ魚を気にも留めない。
「忘れられた野生……」
「なん、急に」
「いや、サメもきっとお腹いっぱいなんだね」
「あー、そういう」
一年も一緒にいると、だいたい忍足も分かってくる。言いたいことは分かるが、あまり物騒なことは言わないで欲しい。
「流石にここで弱肉強食始まったら雰囲気台無しやからなぁ」
魚の残骸が浮いている水槽。嫌すぎる。
「そろそろ観覧車すいたと思う?」
水族館に来る前に通りがかった観覧車には長蛇の列が出来ていた。こういう場所の宿命ではあるが、出来るだけ並ばずに済ませたいと思ってしまうのは仕方のないことだろう。
「いやー、どうやろな? 並ぶのは回避出来んちゃう? 噴水とライトで結構綺麗らしいから、上手いことショーの時間に乗りたいけどなぁ」
館内を一通り見て回って、出口にある売店を冷やかす。今はイルカがイチオシらしく、大小様々なぬいぐるみが並んでいた。まぁまぁのお値段。
イルカのクッキー缶を一つ。今日も部活らしい跡部の為に購入する。お疲れ様とチケットありがとうの気持ち。多分、ぬいぐるみは怒られそうな気がするので。
「跡部にお土産〜」
「ほな、俺はチョコにしとくわ。流石に跡部にここのマグカップとかはな……」
「似合わなすぎてウケる」
跡部へのお土産を一袋に纏めていると亜久津がイルカのパッケージのリップクリームを入れてくる。絶妙に実用的かつ可愛らしいイルカのイラストが、これまた絶妙に使いづらいチョイスだ。
「ん? こんなんあった?」
「ああ、リップとハンドクリームがあった。ペンギンもあったぞ」
「マジか。お菓子とぬいぐるみしか見てなかった。買ってこよ」
そそくさと買いに走る尚樹の姿を亜久津は目で追った。そう広くないスペースで迷うとは思わないが、100%否定できないのが悲しいところだ。
「氷帝は都大会はいいのかよ?」
「あー、都大会は一軍はでないんよ。出るんは関東大会から。跡部は部長やから出るけどな。そういう亜久津は大丈夫だったん?」
「俺の出番は明日」
「ギリギリやったんなぁ」
「まぁな……尚樹には黙っとけよ。来たいとか言い出したら面倒だろ」
「あー……せやなぁ」
亜久津が試合に出ているなら保護者は誰だという話だ。応援に来てもらいたいタイプにも見えない。
結局リップクリームとハンドクリームを両方買って尚樹はご満悦だ。
「先に観覧車乗ってご飯かなぁ」
「せやな。多分時間的に先に乗らんと観覧車終わるわ」
「俺たちは飯食って帰る予定だけど、忍足はどうすんだ?」
亜久津の問いに、それなら自分も食べて帰る、と忍足は返事をした。寮生なので、その辺は割と自由だ。門限さえ守れば問題ない。
外は少し暗くなってきていたが、観覧車にはまだそれなりに人が並んでいた。二輪式だからか思ったよりサクサク進むので、覚悟していたほどは待たなくて良さそうだ。通路もエスカレーターなので、移動が楽なのもありがたい。
30分ほど並んだところで、本日は東都水族館大観覧車にご搭乗いただき……というお決まりのアナウンス。
「お、もうすぐ水と光のスペシャルショーやって」
「間に合う?」
「ちょうど乗ってる時ぐらいじゃねーか?」
「せやんなぁ……」
とぎれとぎれに聞こえるアナウンス。それに耳を傾ける。ノースホイール点検のため搭乗はサウスホイールのみ、という内容。一瞬ひやっとしたが、ちゃんと乗れそうで一安心だ。ここまで並んで乗れませんでした、はなかなか辛い。
「忍足、もうすぐだよ」
搭乗出来るのが片側だけになったので、列の流れは多少緩やかになったが、10分ほどで順番が回ってきた。天井や壁はもちろんだが、足元も透明なゴンドラは、人によっては恐怖でしかないだろう。斯くいう高所恐怖症でない忍足も少し怯んだ。
尚樹と亜久津が並んで座ったので、向かいの座席に腰を下ろす。余裕のある造りだとは思うが、デカい男子中学生が3人揃うと流石に手狭だ。
徐々に高くなっていく景色。遠くの夜景も綺麗に見えた。
噴水が高く上がって、ライトがそれを照らす。プロジェクトマッピング的なものかと思っていたら、花火だったらしい。次々に空に上がるそれは夜空を明るく照らす。
「結構力入ってるねぇ。花火ってなかなか大変なんじゃ無い?」
たしか消防士の資格がいるとかいらないとか、前日から下準備をしないといけないとか、いろいろ聞いたことがある。花火大会は中止になると何かと大変だとか。あと結構お高いらしいので。
「せやんなぁ。普通にライティングだけでなんとかするんかと思っとったわ」
忍足の言葉に頷きながら、尚樹は花火の消えて行く軌道を眺めた。
花火の音に混じって金属を振るわせる音。人の足音のようにも聞こえる。こんな観覧車の上でおかしな話だ。
先程まで右に左に動いていたライトがもとの位置に戻ってくる。
花火が止んでゴンドラが頂点にくるあたりで、5色のライトがちょうど重なりあって、眩しさに目をすがめた。ゆっくりと下降していく景色。耳に届くのは、先ほどまでとはまた違った音。
ふっと辺りが暗くなった。続いて観覧車の動きが止まる。まあ、そうだよな。あと4分の1くらいで地上だったんだけどなぁ、と半分諦めの境地。
尚樹はゴンドラの中で座ったまま、窓枠に頬杖をついた。ノースホイールの点検が入った時に少し嫌な予感がしたのだ。
先ほどまで花火が上がって明るかった空は、その反動か余計に暗く見えた。水族館の方だけ灯りがついている。
「なんや、停電か?」
「そうだね……ちょっと前にも停電あったし、関係あるのかなぁ」
「あー、なんかそんなんもあったなぁ。そういえば原因てまだニュースとかで見らんわ。でも街の方は灯り見えとるし、水族館は停電しとらんみたいやから、関係ないんちゃう?」
「水族館は、別電源なのかもね。まあ、あそこ電気落ちたらヤバそうだけど」
「復旧が遅くなると魚は死ぬだろうな」
「うわ……怖いこと言わんといて」
意外にも、忍足も亜久津も落ち着いている。取り止めのない会話をしながらも、円を広げて周りの気配を探った。
ノースホイールは誰も乗っていないはずだが、人の気配がある。それに、なぜか観覧車のゴンドラの外側にも。外側の気配は先程まで激しく争っている様子だった。足音は彼らのものだろう。なかなかの命知らずだ。この高さで足を滑らせたらまず間違いなく死ぬだろうに。たしか、地上100メートルだったか。
上空からは徐々に近くなるプロペラの音。
「……なあ、もしかしてヘリ飛んどる?」
「かもね。さっきから音がして」
言い終わる前にゴンドラが激しく揺れた。メキメキと軋む音。ヘリの位置はちょうど頂上のあたり。人の移動からなんとなく想像がついた。まさか、ゴンドラごと連れて行くとは。
しかし、ゴンドラの中の気配は勘違いでなければコナンと、少し前まで尚樹をマークしていた警官のものだ。ヘリの中の気配は三人。規模的に黒の組織がらみかと思うのだが、いったいどういう理由で二人を連れて行くのか。
「これ、ほんまに大丈夫なやつか!?」
さすがに立ち上がって忍足が外を眺める。そんなことをしても外は暗くて、大して何も見えないだろうに。
それにしても、片側だけとはいえこれだけ乗客がいる状態でこれとは。意外と爆発はしないのか? と首を傾げる。さすがにこの、自力での脱出が難しい状況での爆発は死人が出る。
「……あーね、夕飯食べる時間なくなっちゃうね。忍足門限あるよね?」
「いや違うやん! いま心配するとこそこ?」
「落ち着け。とりあえず座れ、危ねぇだろ」
足を組み直した亜久津の横顔をスマホの画面が照らす。反射的にゴンドラごと周で覆った。ふたたびの衝撃にまたゴンドラが揺れる。金属同士のぶつかり合う音、かなりの重量感。
これはゴンドラ捨てたなぁ。はたして中にいる2人は無事なのか。
直後に激しい銃撃音。ゴンドラのガラスにひびが入った。あんまり得意じゃないんだよなぁ、と周から硬に切り替える。具現化系の尚樹は、相性の関係であまり強化系が得意ではない。
さほど大きくないゴンドラの強度をあげるだけでもなかなかのオーラ消費量だ。手のひらを窓に当てて、指先からオーラを流して行く。自分の体は絶の状態なので、今なら簡単に死ねるだろう。
天井も足元も、眺めを良くするためか大半がガラス張りだ。強化ガラスなのか、アクリル板なのかは尚樹には判断がつかないが、しゃがんだところで隠れられるところはない。
「じん君、一応スマホの画面落としといて。わざわざピンポイントで狙ってるとは思えないけど、念の為」
「ああ、わりぃ。目立つか」
「どうかな……他の人も使ってそうだけどね」
「ふ、ふたりとも冷静すぎん?」
「あはは、忍足もなかなかだよぅ」
「いや、笑えんって」
本当に、二人とも驚くくらい冷静で助かる。正直今結構ギリギリだ。そろそろ弾切れになってくれないか。さほど当たるわけではないが、油断すると抜かれてしまう。妙に狙いが定まっていなくて、うかつに硬を解けない。円を広げる余裕がないのではっきりとはわからないが、多分誰かを狙っているのだろう。頼むから動き回らないでほしい。
どれくらいそうしていたのか、銃声がやんだ。そんなに時間は経っていないはずだが、硬を維持していた尚樹には途方もなく長く感じた。連続で維持するものでは本来ないのだ。
硬を解いて円を広げる。まだ上空にヘリはいる。コナンたちも生きているようだ。
「おい、大丈夫か」
珍しく一度にオーラを放出したので息が切れる。胸の辺りが暖かい。大丈夫、と答える前にまた銃声が響いた。
ゴンドラの方には幸いにして飛んできていない。コナンたちを狙っているわけでもなさそうだ。
直後に激しい爆発音、明るく照らされた空に、ヘリらしき機体の影。そのすぐ後に花火が夜空に咲いた。
「花火? ええ? この状況で?」
困惑する忍足の声を聞きながら、花火で照らされて良く見える空を注視した。先程サッカーボールらしきものがみえたので、花火は名探偵の仕業だろう。
ヘリは煙を噴いている。少し高度を落としながら、それでも輝いた銃口に、尚樹は覚悟を決めて硬を再開した。できるだけ早く弾切れになってくれることを願うしかない。
ギシギシと揺れるゴンドラが落下しないかだけが心配だ。幸にして今回は狙いがゴンドラではないらしく、ほとんど弾丸は飛んでこない。コナンたちが居た位置でもない。
「なに狙ってるんだろ……」
「……あんま言いたかねぇけど、車軸かもな」
「うわ、嫌なこと言わんといてや……絶対助からんやつやん」
「じん君、頭いいねぇ」
「いまここでその反応でほんとにええ?」
流石に落下ダメージの軽減は難しいのだが、さてどうするか。やはりテニプリの人間はコナンでは考慮されないのか。これは尚樹がいなければとっくに弾丸で抜かれていてもおかしくない。
激しい銃撃の音、ズズ、と地鳴りのような音と共に隣のホイールの位置がずれて行く。目的を達したからか、銃撃は止んだが、はずれたホイールは倒れることもなく転がり始めた。それなりに幅があるせいだろう。横に倒れるのとどちらが被害が少ないか悩むところだ。とりあえず尚樹たちの方に来ることはなさそうで一安心。ヘリも撤退して行くのが目視できた。
「たぶん、助かった感じかな?」
「いやいや、すごい状況やん!?」
「まあ、あっちはあっちでなんとかしてもらって。俺達はこれいつ出れると思う? それまで耐久持つかな?」
「クレーン車とかで順番に救出とかじゃねぇのか。それよりお前、気分悪いんじゃねぇか? 大丈夫か?」
流石幼馴染。今激しく消費してなんなら気分が悪い。
外からは微かに叫び声や衝突音。ホイールの転がって行く先には水族館。唯一明るいそこは、ひどく目立った。このままいけば大惨事だろうが、そこは尚樹の関与するところではない。放っておいてもきっと名探偵がなんとかするだろう。
「酔ったかも。あんまだいじょばない」
「この状況で乗り物酔いかいな……まあ揺れたからしゃあないか。横になるか?」
「大丈夫……でもちょっと寝る。やばくなったら起こして」
「怖いこと言わんといてや……」
心臓の拍動を如実に感じて、腕を組む。目を閉じて、少し心もとないが省エネモードで絶の状態に入った。
壁に寄りかかるようにして目を閉じた尚樹に、忍足と亜久津もなんとなく体から力が抜けた。緊迫した空気が霧散したのを二人とも感じていた。
地上の方は、ホイールも水族館の一歩手前で止まったようで救急車や消防車の音が遠くから聞こえている。
風にゆられるたびにギシギシと音を立てるゴンドラがなんとも心もとない。
事態が収束すると先ほどまでは気にならなかったことが気になるもので、思わずスマホで時間を確認した。
「あー、これ門限までに戻れんかもなぁ」
「まあ、無理だろうな。救助が入るにもまず安全確認だろうしな」
「せやんなぁ。連絡しとくか……これ信じてもらえるんかなぁ」
「あー、ニュースになってるかどうかで変わるな」
亜久津も家に連絡をしているのか、スマホをいじっている。忍足も電話をしようとして、跡部からラインの方に連絡が入っているのに気づいた。
無事か? どこにいる? と短いメッセージが細切れに届いている。それだけだったが、なんとなく焦って送ってきたのが読み取れた。
「くそ。電話だめだな」
「あ、それでラインなんか」
一時的に繋がりにくくなっているのだろう。確かに皆電話をしていそうだ。すぐに送信できるかわからないが、忍足も電話は諦めてメッセージを返す。
やはり繋がりにくいのか、未送信のマークがついた。気長に待つしか無いだろう。画面を落としてあらためて外を眺める。
下の駐車場にはぞくぞくと車両が集まってきているが、先に水族館や他の施設の人間を避難させているようだ。確かに、一旦止まったとは言えいつ転がるか、あるいは倒れるか分からない状態のホイールが転がっているのだ。致し方ない。位置的に観覧車の乗客の方が安全ではある。亜久津のいうように、救助までには時間がかかりそうだ。
電気はまだ復旧していないようだが、照明が設置されたようでだいぶ明るくなっている。
「それにしても、なんやったんやろうなぁ。明らかに撃たれとったよなぁ?」
「そうだな……爆発もしてたしな」
「テロとかにしては、意味不明やもんな? するならもっと別の場所やろうし」
「さぁ……どうなんだろうな。人が集まってりゃいいのかもしれねぇし」
「物騒やなぁ」
ゴンドラのガラス部分には、いくつかヒビが入っている。よくもまぁ貫通しなかったものだ。あれだけ撃たれたのに、この程度で済んだのだから、かなり頑丈な造りなのかもしれない。
壁にもたれて目を瞑っている尚樹の顔は下からの明かりで余計に青白く見える。
短く震えたスマホに視線を落とすと、跡部から迎えにいく、と返事が来ていた。ありがたい申し出だが、正直問答無用で救急車に乗せられそうな気もする。いや、まぁその辺も跡部の力で何とかなりそうだ。正直疲れたので、全部丸投げしたい。
多分一人だったらこの比じゃなかった。目の前に座る2人が異常に冷静だったおかげで、パニックにならずにすんだ。もっと驚けよとは思うけども。
「っていうか、亜久津明日は大丈夫なん?」
「……まぁ、平気だろ」
これでメンタルを左右されるほどやわでは無いと思うが、肉体的な疲労は確実にあるはずだ。流石に同情する。
「それにしても、運が良かったよなぁ。あっち側、たしか誰も乗っとらんやろ?」
たしか、自分達がのる少し前に点検が入って乗客はいなかったはずだ。あちら側に乗っていたら流石に無事では済まなかっただろう。
ニュースサイトを確認したがったが、そちらも繋がりにくいみたいで画面は読み込み中のまま固まっている。
「もしかしたら乗ってたのかもな、お目当ての人物が、向こう側に」
「ええ……頼むから怖いこと言わんといてや。なんでそう思うん?」
「最初は車軸を狙って撃ってる感じじゃなかっただろ。わざわざ撃ってくるってことは、殺したいやつでもいたんじゃねぇか? テロなら、銃じゃなくて爆弾でも仕込むだろ」
そう言われるとそんな気もしてくる。これだけ大きい観覧車に銃では不釣り合いだ。
「……物騒な話やなぁ」
非日常過ぎて現実味がない。
尚樹は本当に眠っているのか、先ほどからピクリとも動かない。
「……なあ、水沢大丈夫なん? なんか様子変やったけど」
正直に言えば、忍足は尚樹に対して恐怖心のようなものを抱いた。
あの状況で少しも表情が変わらないこと、視線はどこまでも冷静に状況を見極めようと瞬きさえもなかった。あの状況でスマホの明かりを気にするのは、こういう状況に慣れている人間の思考ではないのか。
「あー……まあ、どうなんだろうな。フラッシュバックしたのかもとは思ったけど」
「ってもしかして事故の?」
「どういう状況だったのかは俺も居合わせたわけじゃねぇから確信はないけどな。まあ、音とか光とか、そういうのでフラッシュバックすることもあるらしいから」
「……あるんや?」
「本人はなんも言わねぇから、分かんねぇんだよ。良くも悪くも鈍いしな」
少し落とした声で、本人には訊かれたくない話なのだろうと察しがついた。
「なんか、あれやな。亜久津も苦労しとるな」
肯定も否定も返ってこない。自覚はあるが認めたくないと言ったところか。背もたれに体を預けて忍足も瞼を伏せた。流石に眠ることはできないが、途方もない疲労感が少しは薄れる気がしたから。
「亜久津、水沢目ぇさましたか?」
「いや……多分だけど、この時間に寝ちまったら朝まで起きねぇな」
観覧車から下される時はかろうじて目を覚ましてくれたのだが、その時点で尚樹の就寝時間を過ぎていたので救急車に乗せられてからはずっと寝ている。
「忍足はとりあえず時間も時間だしうちに泊めるつもりだが、お前らはどうする? うちに泊まってもいいし、家に帰るなら車を手配する。点滴はあと1時間くらいで終わるそうだ」
尚樹の血圧が低すぎるということで念の為点滴中だ。酔った、といっていたので吐き気どめもついでに入れてもらっている。外傷も特にないので、点滴が終わったら帰っていいそうだ。
「あー、連れて帰る……タクシー呼ぶから、先に帰っていいぞ」
「明日試合なんだろ? 車だけ待機させとくからそれで帰れ」
「……悪りぃな」
「気にすんな。じゃあ、忍足連れて先に帰るから」
「ああ」
軽く片手を上げて処置室を出て行く跡部の背中を見送る。招待券を寄越したのは跡部なので、責任を感じているのかもしれない。
日付はとっくにこえている。ぽたぽたと落ちて行く輸液を眺めた。
顔色はだいぶ良くなって、呼吸も落ち着いている。病院に着いた時は意識も朦朧としていたので念の為採血もされたのだが、たぶん眠いだけ、という亜久津の言葉は綺麗に無視された。
肝機能の数値異常に高いけど、心当たりある? と訊かれて持ち歩いているお薬手帳を渡したら年齢を確認された。中学生だと返すとしっかりしてるね、なんて言われて流石に微妙な気持ちになる。いや、まあ分かる。なんで家族でもない人間がお薬手帳を持ち歩いているのかという話だ。
検査結果渡しとくから、一度心療内科の先生と相談してね、と言われたので多分薬を疑われているんだろう。年齢的に他に思い当たる節がない。体型的に脂肪肝もないだろうし。
結構飲んでるねぇ、という医師の言葉。亜久津は詳しくないので確信が持てなかったのだが、やはり薬の量は多いらしい。
とりあえず、休み明けに受診することは決定した。パイプ椅子の背もたれに体を預けると金属の擦れる音。
花火を見上げている時から、なんとなく異変は感じていた。じっと見つめる横顔、その視線の先。音と光。純粋に見て楽しんでいるというよりは何かを考えているようだった。
銃撃や爆発で命の危険を感じなかったわけではないが、徐々に速くなる呼吸、無意識なのか胸元に添えられた手のひらといった尚樹の仕草の方が気になった。フラッシュバックかとも思ったが、会話は普通に成立していたし、どちらかと言えば状況を把握しようとしていたように思う。
尚樹は非常時は耳がいい。会話は右から左なことが多いが、機械音や人の足音などは敏感に感じているようだ。そのせいかは分からないが、集中すれば離れている人の気配にもよく気づく。あのときは、それを探っているように見えた。
「……あー、そういえばメシ食いっぱくれたな」
今頃になって空腹を覚える。このあと尚樹を部屋まで連れて行く仕事が残っているというのに、疲労感も一緒に襲ってくる。眠気は未だやってこないが、点滴の規則正しい音を聞きながら目を閉じた。
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