徒野-28-

カカシ先生、と自分を呼ぶ声が聞こえた。懐かしい声だ。
ああ、いよいよお迎えが来たか。冥土への道案内が、あの子なら、それもいい。
「呼んでいるようだね。カカシ、そろそろ行きなさい」
「父さん」
「お前と話が出来て良かった。……あの子によろしく」
お前も、せいぜい苦労させられなさい、と笑った父の顔が薄れる。夜だった世界は、いつの間にか昼になっていた。
荒廃した木の葉。久方ぶりに両目で見上げる空はひどく鮮明で、カカシは無意識に左目に触れた。
視界にうつる空を遮る様に自分を覗き込んだ姿は、以前のような幼いものではない。かぶっている鳥の面が、懐かしい。
「……尚樹」
ようやく会えたか、とその成長した姿を見遣る。てっきり、こういう時は昔の姿で現れると思っていた。
頭をまわして周囲を見渡すと、景色すべてが止まっている事に気づく。
動いているのは、自分と尚樹だけだった。
行きましょう、と手を差し出した尚樹に首を傾げる。
「どこへ?」
「安全なところへ」
戸惑いつつも尚樹の差し出した手を握る。不思議とそこには暖かさがあった。
瓦礫の上を二人で歩く。手を引かれながら、いつかとは逆だな、と懐かしさがこみ上げた。昔は、眼を離せば迷子になる尚樹の手をカカシが引いて歩いた。
背中を丸めて歩く尚樹は、それを差し引いても、ナルトより低いかもしれない。
他の子供達よりも成長の遅かった尚樹。ナルトも遅かったが、尚樹はそれ以上だった。
「……おまえ、ずいぶん大きくなったね」
風さえも止まった世界では、つぶやくようなカカシの声もよく通った。振り仰いだ面の僅かな隙間からのぞく瞳は黒く、僅かな光も反射しない。
ふと、先ほど見た父親の顔が脳裏をよぎった。あの子によろしくと、意味ありげに笑った、その意味。
ゆっくりと息を吐き出すと、喉から抜けていく空気は僅かにふるえていた。
「おまえに、話したい事がたくさんあるんだよ」