01 軋むソファーに背をあずけて
座っても? と遠慮がちに声をかけたジェイドに、一瞬だけ本から視線をあげた。
大きな窓を背にした3人がけのソファは、日当りはよいが目がくらむほどのまぶしさで、読書には不向きだ。
しかしあまり使われる事がないせいか、他のソファよりもくたびれておらず、たいていいつも空いている。
日焼けなど全く気にならないリオ・ラドクリフはこの場所がお気に入りだった。
一度座ってしまえば、開いた本は自分の影になってまぶしいという事もない。
唯一の欠点はあまりの心地よさにあらがいがたい眠気が周期的に襲ってくる事か。
そんな彼のお気に入りの場所も、最近は災難のふりそそぐ場所になりつつある。だれだ、こいつにこの場所をゲロッたのは、と光に照らされていつもより白い顔を見上げる。
いつ見ても偽物としか思えないこの態度、どうにかしてもらえないだろうか、とリオ・ラドクリフは本で口元を隠しながらこっそりため息をついた。
「どうぞ」
だめです、なんて誰が言えようか。目の前に立つのは、何を隠そうジェイド・カーティス大佐である。階級が上の人間に対して、軍人は否、と言えない体質なのである。
わずかに微笑んだジェイド・カーティスに、リオはげんなりした表情を浮かべぬよう最大限の理性を動員した。隠しきれない変化を本で覆い隠す。
だから、なぜそこで嬉しそうに頬を緩める、ジェイド・カーティス。
思わず、というように浮かべた表情だけにダメージがでかい。これは新手の嫌がらせだろうか、と何度思った事だろう。
少し間を空けてジェイドが隣に腰を下ろす。
その気配を頭の隅に追いやって、また本に視線を落とした。
図書館で職場の上司に会うなんて、よくある偶然だよな、と自分を無理矢理納得させたリオ・ラドクリフである。
こんなのは、俺の預言にはなかったんだけどな、と結構あてになるそれに文句を付ける。
彼は26年前にマルクトに生まれた、もと日本人。
日本人、なんて言葉はきっと誰にも通じない事はよく分かっている。
そして、この国の事もよく知っていた。国、と言うよりは世界と言った方が正しいかもしれない。
30年以上日本人として生きた彼の記憶は、いまだ鮮明に残っている。
だから、当たるも八卦、当たらぬも八卦の精神ではあるのだが、この世界の預言はかなり精度がいいので、結構あてにしていたりする。
宗教観念には大変おおらかな平均的日本人だ。
この世界での父と母は、とても信心深い人たちで、どうでも良いと思いながらも、彼らの希望に添ってリオは預言通りに生きてきた。
軍人になんてこれっぽちもなりたくなかったが、予言に詠まれていたのでなったし、馬鹿だな、と思いながらも預言通り死んでいった両親を悼んだりもした。
そこまで正確に詠んでいて、なぜこんな厄介な事に一言も触れてくれなかったんだ、と八つ当たりした記憶も新しい。
そう、リオ・ラドクリフ、二度目の人生26年目にして自分の上司、ジェイド・カーティスに妙な懐かれ方をした不幸な男である。